アイスクリン - 2/2

(後)

 素朴な味ですね。懐かしさに誘われるがまま、いざ自分でも作ってみた母親の味。六時間ほどかけて丁寧に空気を含ませて完成させたアイスクリームをひと口、口に含んだシュウはそう云って微笑んだ。
 どうやら嫌な味ではなかったようだ。
 ミオが云うには生クリームを加えるのが正しいレシピらしかったが、そこは昔の話。生クリームが高価な食材だった時代のことだ。子どもに食べさせるデザートに使うには単価が高くなるからだろう。
 思えば子どもの頃に母親がいずこから入手してきたおやつのレシピはそういったものが多かった。膨らまないホットケーキ。厚みのあるクレープ。不格好なべっこう飴。今振り返ればどれもひと味足りない味がしたものだったけれども、あの頃のマサキにとってはどれも紛れもない御馳走だった。
「以前、日本で食べたアイスキャンディに味が似ていますよ」
「へえ。お前でもアイスキャンディなんて食べるんだな」
「あの日の東京はとみに暑かったのですよ。アスファルトの道の上に蜃気楼が揺らめくぐらいにね。だから、でしょうね。私と同じことを考えた人は多かったようで、キッチンカーには人が群がっていましたよ」
「キッチンカー、か」
 マサキの子どもの頃のアイスキャンディ売りの記憶と云えば、自転車の荷台にクーラーボックスを乗せているものだ。住宅地の片隅でのぼりも立てず、子どもたちの下校時を狙い撃つかのように姿を現すアイスキャンディ売り。それを目にした子どもたちは走って家に帰って、親に小銭をせびっては、急いで買いに戻ったものだった。
 今となっては目にしなくなった下校時の光景。下校路には様々な売り子が現れた。アイスキャンディ、ばくだん、金魚すくいにひよこ売り。文房具や手品のタネだって売られていた。おもちゃ箱をひっくり返したかのようなポップでカラフルな思い出。どれも子どもにとっては夢のようなアイテムに映ったものだ。
「今思えば大したもんじゃねえけど、でも子ども心にわくわくしたもんだよ」
「戻れるのだとしたら戻りたい?」
「どうなんだろうなあ。楽しかった思い出ってのは、そのままにしておきた方がいいだろうしな」
 お前は? とマサキはシュウに尋ねた。いつの間には彼の目の前に置いたガラスの器は空になっている。思ったよりも反応がいい。それだけ彼が日本で食べたアイスキャンディに味が似ていたということなのだろうか。
 時に舌の肥えたところをみせる男は、日頃、そこまで食に拘っている様子は見せなかったものの、いざ気に入らないとなれば遠慮なく残してみせたものだ。それがどうだ。きちんと完食してみせただけでなく、またいずれ気が向いた時にでも食べさせてください。などと宣う。
「次はちゃんと生クリームを加えて作るかな。どうなるか食べてみたい」
「そういった理由であれば止めませんが、私としては出来ればこの味がいいですね」
「何だよ。随分気に入った風な口を利くじゃないか」
 それに対してシュウは首を傾げながら、
「日本でアイスキャンディを食べた時にも感じたものですが、いつかどこかで食べたような、懐かしい味に思えるのですよ」
 云うと、お代わりはない? そうマサキに尋ねてきた。