新しき年に幸いなる祝福を - 2/4

 と、いう会話をしたのが、地上の暦で九月頃。どうせ予定通りに行かないのが、マサキたち魔装機操者の日常生活なのだ。任務が入れば話は異なる。必ずしも初詣に行けるとは限らないのだから、約束だけはタダとマサキはミオに押し切られるがまま、最終的に半日コースの初詣案を受け入れた。
「行きたくないならそう言えばいいのに」
「直ぐに終わる用事だって言ってるだろ」
 例年の慣例を破って、男ふたりで過ごしたクリスマスから早五日。地上の暦では年の瀬押し迫る大晦日の当日に、マサキとミオは朝からラングラン北部のとある街の郊外にある石造りの建物テロリストのアジト、その内部の調査に訪れていた。
 ミオの機嫌はよくない。
 道中でも「他の日にできないの?」だの、「だったら最初から断ってくれればよかったのに」だの、「そもそも行く必要あるの?」だの、散々愚痴々々ぐちぐち言い続けた割には、ゼオルートの館から王都を経由してここまで付き合い続けた彼女は、それだけ地上でする初詣を楽しみにしていたのだろう。だからこそ諦めきれずに、マサキに付き合ってここまで足を運んでくれたに違いない。
 マサキとて、この建物の調査にそこまで時間をかけるつもりはない。テロリストの拠点アジトたるこの建物の調査は、建物の解体待ちになっている状態からも察せるように、既に軍によって完全に済ませられてしまっていたし、そうである以上、今更目新しい何かが出るとは思っていなかったからだ。
 それをセニアの計らいで、今日の午前中だけなら時間が取れるからと、見せて貰えることになったのがつい今朝方の話。それなら、万が一ということもあるし、とマサキは渋るミオを伴って、拠点の跡地に訪れてみることにしたのだが、
「本当かなあ? マサキ、リューネの暴力にもう耐え切れなくなってるんじゃないの?」
「そう思うんだったら、お前、少しでいいから、あいつの実力行使を止めてくれよ……」
 ミオの機嫌はまだ直らない。
 そもそも、ラングラン軍部は、魔装機の出撃する可能性が低い国内問題に魔装機操者が出しゃばってくるのを好まない。それをこうして軍の調査の後とはいえ、見せて貰えることになったのは、ヴォルクルス信仰が絡んでくるからこその“特別な配慮”が働いたのだという。
 それだけ、今もヴォルクルス信仰には軍部も警戒心を抱いているのよ。とは、セニアの弁だ。
「大体、何その話。あたし今日初耳だったんだけど。ヴォルクルス復活の預言書の一節を口にした男がいたから、国内のテロリストたちの活動にヴォルクルス信仰が絡んでいるかも知れないって、それ、言ったのがシュウじゃなかったら、ただの電波だよね」
「そもそも、そんなに世の中都合よく事物が回るとは限らねぇだろ。だから眉唾だとは俺も思ってるんだけどな。それでお前らには言わずに、セニアに判断を任せようと思って、あいつにだけ言っておいたんだが」
「それはそうなんだけどさあ……マサキ、相変わらずスタンドプレー激しいよね」
 建物の入口に立つ軍の兵士は既に事情を聞いているらしい。マサキが調査に来たことを話すまでもなく、ふたりの顔を見ただけで敬礼とともに内部への扉を開いてくれた。
 建物内部に足を踏み入れる。何もなく、がらんとした空間が続く。作り付けの家具以外の物品は全て押収された後だという。それも、テロ計画の資料が僅かに存在していただけで、上層部へのルートを暴けるような決定的な証拠は存在していなかったそうだ。
「何を見るの?」ミオは建物に指紋を残さないように、手袋を手に嵌めながら、「って、言っても、本当に何もないみたいだけど……」あちこちの部屋を覗き込む。
「台所から行ける地下に食料庫があるらしいんだよ。そこで何かの実験をしていたらしい」
「何かの?」
「薬品や資材が多数見付かったって話だ」
「わからないの? 危なくない?」
「恐らくは小型の破裂弾を作ろうとしてたんじゃないかって話だが、化学的な話は俺にはわからねえからなあ。まあ、そういった薬品や資材も全部押収したって話だし、恐らくは、ただ見て終わりになるんじゃないかね」
 マサキも手袋を手に嵌め、いざというときに備えて腰に下げてきた短刀を右手に持つ。外から見た限り、大したものが出なかったからだろう。警備の人数は大分抑えられていた。そうである以上、金目の物目当ての盗人や、雨風凌ぎ目的の浮浪者といった不心得者が内部に侵入していないとも限らない。
「刃物に頼らなきゃ戦えないって、マサキは建物内部での戦闘インナー・オペレーションには向いてないよね」
 なるべく靴音と声を潜ませながら、食堂へ向かう。
「お前やヤンロンみたいに身体を頑丈に保ってる訳じゃねぇんだよ、こっちは」
「マサキって見た目と違って柔いから。あたしの方が腹筋だって割れてるし。でも拳を使って戦うのも大変なのよ。下手したら骨折しちゃうし」
「テュッティだって拳銃使ってるだろ。確かに室内戦闘だと武器持ちは動きに制限が出るけどよ」
 ほらね、とミオは呟いて、「わかってるなら格闘術覚えればいいのに」そう言いながら食堂の奥にある台所に足を踏み入れた。
 まだ仄かに生活臭が残っている。床には掃除しきれなかった野菜の切れ屑が点在していたし、火元近くの壁には油と煤がこびり付いている。どうせ解体するからと、その辺りは大雑把に済ませたらしい。
 その一角に、地下へと続く階段を覆い隠すように、収納扉のような切れ込みが存在していた。
「地下室ってこれ? どうやって開けるの、この扉っぽい切れ込み。ノブないよね?」
「こうやるんだよ」
 マサキは短刀の切っ先を切れ込みに喰い込ませた。それを梃子の原理で捻り上げる。ぎぎ……と鈍い音を放ちながら、隙間が開く。そこにマサキは手先を押し込むと、力任せに隠し扉を引き開いた。
「成程ね。でも大丈夫? 短刀の刃先零れてない?」
「お前ね、これ、見た目と違って頑丈に出来てるんだぜ。何せオルハリコン製だ。その辺の鉄屑だって切れる――」
 マサキが側にあるスイッチを入れると、壁にかかった電灯が仄暗く行き先を照らし出した。マサキたちが調査に来ると聞いて、軍は室内電源を生かしておいてくれたらしい。細く狭い階段が続いている。「人ひとり分じゃない。ならあたしが先かな。動き早いのあたしの方だし」暗い足元を足先で探りながら、マサキはミオに続いて地下へと続く階段を降りる。
「これで誰か居たりしたら、あたしたち初詣行けないんじゃないの?」
「そのときはそのときだ。初日の出は諦めろよ。初詣は付き合ってやるから」
「ええ? あたし、本気で嫌なんだけど」
 開放的な空間になっている階上と異なり、暗がりが多い閉鎖的な空間。何かが潜んでいるとしたら、ここだ。そんな予感がする。階段を一歩、降りるごとに増してゆく物々しい雰囲気に引き摺られるように、マサキの口数は自然と減り、それに釣られるようにミオの口数もまた減ってゆく。
「マサキ」
「わかった」
 階段の終わり際。とっ……と、ミオが床を蹴ってその懐に飛び込もうとするのと、マサキがその人影を目にしたのは同時だった。抜け穴の多い監視の目を潜り抜けて忍び込んだのだろう。マサキよりも頭ひとつは高い長駆が、視界の利きにくい地下室の隅、暗がりの中で壁にこびり付いた何かを拭き取っている。
 次いで階段を降りきったマサキも床を蹴る。
 ミオはその人影に横に逃げられて初撃を躱されたものだから、今度はその背面に回り込もうと考えたようだ。流れるような動作で、再び床を蹴って身体を宙に舞わせる。それをこちらに向かって来ることで避けようとする人影にマサキは前方から飛び込んだ。
 その首筋に抜き身の短刀の切っ先を突き付けて、「動くな」マサキはその顔を下から覗き込む。
「……やっぱりてめぇか」
 ミオとマサキ、ふたりの挟み撃ちに流石に観念したのだろう。両手もろてを挙げて投降の意思を示してみせた人物は、紛れもなく、シュウ=シラカワ、その人だった。

※ ※ ※

 地下室から出たマサキはシュウを監視しつつ、先にミオを建物の外に出し、人目のつかないところから再び建物内部に回り込ませると、その身柄を引き渡し、自らも正面から一度外に出て、ふたりに合流することにした。
「そこまで手間をかけなくとも、私は逃げませんよ」
 そうはシュウは言ってくれたものだが、ことヴォルクルス絡みの話ともなると、途端に信用がなくなるのがこの男なのだ。自らの手で決着をつけたいと考えているらしいだけに、どこでどういった形で余計な意地を張って話をややこしくしてくれるかわからない。それでも、軍の兵士の目に付かないように処理してやろうとしたのは、せめてものマサキの情けだった。
「どうだか。てめぇはアレが絡むとおかしくなりやがる」
「ただ自分の手で始末を付けたいだけですよ」
 それから兵士の目を盗んで建物の敷地内から出たマサキは、三人が乗り込むには少々狭こましいサイバスターの操縦席(コクピット)内に、ミオともどもシュウを連れ込む。
「あたしはザムジードで良くない? 通信機能あるんだし」
「傍受されると面倒だからな」
「そこまで警戒しなきゃいけない話かなあ。どうせヴォルクルス信仰って言ったって、最終的にあのワカメが蘇ってくるだけじゃないの?」
「そうならなかったときの話をするんだろ。っていうか、その辺はこいつの持っている情報次第なんだよ」
 と、マサキがシュウを顎でしゃくって見せれば、
「私の持っている情報など、さしたるものでもありませんがね」
 相変わらず涼しい表情で、まるで今しがた捕えられたばかりの敵方の人間だとは思えない台詞を吐く。
「それだったらあんな場所で鉢合わせするような真似をするかよ」
「確定ではないのですよ。その調査をしようと思って足を運んだのですが」
「何を調べていやがったんだか」
「室内に付着しているだろう細菌を」
 どうせ簡単には口を割るまいと思って身構えていたマサキの予想をさらりと裏切って、シュウはそう答えるとカバンの口を開き、中に並ぶ密封容器に詰め込まれた布切れの数々を、取り出してはひとつひとつマサキとミオに見せる。その布切れに、橙色や緑色のカビに混じって、目を凝らさなければわからない白い粒子のような細かい粒が付着しているのを見て取ったマサキは、
「まさか白鱗病の細菌とか言わねぇだろうな」当てずっぽうに言葉を吐く。
「そのまさかですよ」シュウはカバンの口を閉じながら、「とはいえ、持ち帰って検査してみないことには私の予想が当たっているかはわかりません。ただのカビの可能性もある。あなた方はセニアから情報を仕入れて来たのでしょう? それだったら軍部が押収した物品リストを見られたと思うのですが」
「見るには見たが、細かいところまでは覚えてねぇぜ」
「肥料が大量に押収されていませんでしたか?」
「ああ、あったな。テロリストどもは農家に擬態していたとかで、近くの農場で作物を育てながら、あの拠点で生活していたらしい。ただ、その作物も、大半、白鱗病にやられちまったみたいだがな」
「それこそが彼らの本当の実験の結果だったと言ったら、どうします?」
「なんだって」マサキは息を呑む。予言が叶ったかと思わせておいてのまさかの自作自演説に、思いつく可能性はひとつだけ。ミオもシュウが言わんとしていることに気付いたようだ。眉を潜めて、「バイオテロ……」と呟いた。
「単純に、白鱗病が流行っているこの地域だからこそ、検出された可能性も捨てきれない以上、もしこの布の付着物から白鱗病の細菌が検出されたからといって、そう断じるのは早計なのですがね。
 それに、もし、これがバイオテロだったとしても、もしかしたら、彼らというテロリストとヴォルクルス信仰に関わるルートが、たまたまかち合ってしまっただけかも知れない。しかも、必ずしもヴォルクルス信仰が絡んでいるとも限らない。彼らの上層部の人間が、件の預言書の存在を知って、ただ濡れ衣を着せたいがために利用しただけの可能性もあれば、そこにテロのヒントを求めただけの可能性もある。何にせよ、肥料の中身や流れも調べてみた方がいいでしょう」
「肥料に細菌を混ぜたって?」
「検査を通って流通している一般的な肥料に、この手の細菌が混入するとは考え難いでしょう。だからこそ、敢えて混入させたと私は考えます。それを他の農家の肥料に混入させたのか、直接撒きに行ったのか、それとも安く流したのか私にはわかりかねますが、この手のバイオテロを仕掛けるとしたら、肥料を使うのが一番手っ取り早いのは間違いありませんからね」
「シロ、クロ! 軍部に連絡を!」
 それが現実のものとなったら大変な騒ぎになるに違いない。何せ白鱗病による作物汚染は、予言によれば、ここから南下を始める筈なのだ。ただの流行り病なら回復が見込めるが、バイオテロとなれば話は異なる。その被害は収まりを見せず、拡大の一途を辿るだけになるだろう。
 それだけの大事を、まるで他人事のように語ってみせたシュウに、ミオは不信感を抱かずにいられなかったようだ。マサキの命令に、あいニャ! と慣れた様子で軍部に通信を入れるシロとクロが、その回線が繋がるのをマサキとともに待っている間、「随分、簡単に情報を吐いてくれた気がするんだけど……」と、疑わし気な眼差しをシュウに向ける。
「無用な混乱は私とて好まないのですよ。憶測が憶測を呼ぶぐらいなら、裏付けを取れる部分は裏付けを取ってしまって、確実な情報にしてしまった方がいい。このぐらいなら軍部に調査を任せてしまった方が早いですしね。それに、共闘できる部分は共闘してしまった方が、お互いに余計な労力を使わずに済むでしょう」
「それはそうなんだけどね。予言を自作自演する意味って何なのかなあって」
「信仰とは、ときに非科学的な思考を生み出すものです。あなたには理解出来ないかもしれませんが、予言に書かれた事象を作り出してしまうこと、それもまた予言の実現なのですよ」
「その実現の果てに、ヴォルクルスの復活があるの? あたし、ちょっと意味がわからないんだけど」
「実現を続ければ、自ずとヴォルクルスが復活する。そう考えるような輩が存在している、と言った方が正しいでしょう。まあ、色々と調べなければ確定的な情報になる話でもなし、そこまで今は難しく考えなくてもいいですよ。どの道、次の予言への対策は、白鱗病が南下を始めてからでも遅くないのですから」
 おい、ちょっとシュウ――そこでマサキはシュウを呼んだ。ようやく軍部に繋がった通信に、肥料の調査をするように求めたものの、その返事が色好いものではなかったからだ。
 今以て、魔装機操者たちに余計な力を持たせたくないと考える軍関係者は多い。彼らからすれば、この件に関しての“万全を期し、万難を排した”調査は既に終わっているのだ。今更、ああだこうだと、外様である魔装機操者たちに口を挟まれたくないのだろう。
 バイオテロの可能性があることを、どう説明すべきかマサキがシュウに尋ねると、彼は「その体質が軍の腐敗を招いたのですがね」と、皮肉たっぷりに言い放ち、「少量でいいので、いくつかの肥料の袋からサンプルを手に入れられませんか? それさえ出来れば、私の方で調べますよ」と、次いで言った。

※ ※ ※

 軍部との押し問答の末、サンプルを入手できなかったマサキが頼ったのが、セニアになったのは当然の成り行きだった。まだ振袖を着ることを諦めていないミオをザムジードに移し、シュウをサイバスターに同乗させたまま、王都に辿り着いたのは昼下がり。格納庫にサイバスターを収め、情報局でいつも通りの職務をこなしていたセニアは、マサキの愚痴を聞くと、「軍部も暇じゃないのよ。不確定な情報に人員や資金を割く余裕はないの」と、マサキを窘めつつも、サンプルが入手出来るよう、軍部に口を利いてくれることを約束してくれた。
「ところでシュウはどうしているの?」
「サイバスターで待たせてるぜ。ここまで足を踏み込むほどあいつだって厚かましくはないだろ」
「それだったら、件の預言書を写しでいいから、サンプルを渡すときまでに用意しておいてくれるように言ってくれない? 情報局こちらで出来る範囲で打てる手は打っておきたいのよ」
「そんなに入手が難しい本なのか?」
「こちらでも手を尽くしてはいるんだけれど、ヴォルクルス復活の書となると結構な稀覯本らしくてね。しかも、ほら、ラングランは精霊信仰の土地柄でしょ。元々、破壊神信仰関連の書物の流通がないようなものなのよ……そうね、軍部の態度次第ではあるけれども、一両日中には用意させてみせるから」
 と、かんからと笑って豪語したセニアにマサキは礼を述べ、その返事を持ってザムジードが監視を続けているサイバスターの元に戻ろうとしたのだが、
「お疲れ様です、マサキ様。先日はテロリストの移送に伴う護衛任務、お疲れ様でした。無事に彼らの移送も済み、裁判が開廷できる予定です。また何かありましたら……」
「お久しぶりです、マサキ様。セニア様との会談は無事に済まれましたでしょうか……」
「ああ、これはマサキ様。頼まれていたファング様の消息ですが、新しい情報が……」
 途中で顔見知りの局員たちに声をかけられる。全てを適当にやり過ごすのは難しい。挨拶を交わしたりしていたからだろう。格納庫に戻る頃には昼下がりも大分過ぎている。「遅いよ、もう!」ミオはつまらなさそうな表情で、ザムジードの肩に座ってマサキの帰りを、待ちくたびれた様子で待っていた。
「見張り、ご苦労。ほら、さっさと中に戻れ」
「あー、もう絶対に後でマサキに地上で何か奢らせる」
 愚痴りながらザムジードの操縦席に戻るミオに、やれやれと肩をそびやかして、マサキもまたサイバスターの操縦席へと戻れば、
「おい、シュウ」
 よもやマサキの二匹の使い魔ファミリアと仲良くしているとは思わなかったが、大人しくとは待たない使い魔二匹が、通信機を使ってミオの使い魔三匹とやいのやいのと騒ぎ立てている中で、呑気にもシュウは手元の書物をつまびらくのに余念がなかった。「おい」重ねて声をかけても返答がないのだから相当だ。どうやらマサキが戻って来たのにも気付かない程に、シュウは本に熱中しているらしい。
 仕方なく、マサキはそのその肩を叩く。それでも尚、いわおのように動かないシュウの耳元近くで、
「余裕綽々じゃねえか」言えば、ようやくシュウは面を上げて、
「ああ、いかがでしたか? セニアの方は」
「一両日中にはサンプルを用意させるって。で、例の預言書を、写しでいいから欲しいって話だったんだが」
「原本から書写で写しを取るのは一両日中では無理ですね。時間を頂ければ用意出来ますがが、今直ぐにというのは難しい」
 そこに通信を通じて、「あのさ」とミオの声。美容院の時間が押し迫っているからだろう。不満が服を着て歩いているような表情が、通信画面に映し出される。
「この際なんだし、地上うえでコピー機使っちゃえば?」
「お前、未だ地上に行くの諦めてなかったのかよ」
「いいじゃないのよ。一応、差し迫った事態なんだし。そのついでにちょっと息抜きするぐらい大目に見て貰えるって。そうすれば堂々と地上に出ても、お説教されずに済むでしょ。あたしとしては地上でコピーを取る、これに一票」それに、と言葉を継ぐと、彼女はにっこり笑いながら、「シュウだって確証があって言ってる話じゃないんでしょ。だったらあたしたちに付き合う時間ぐらいあるんじゃない?」
「お前、こいつを初詣に連れて行くつもりなのかよ!」
「いいじゃないのよー。シュウだって一応、日本人の端くれでしょ? 初詣に胸が騒がない日本人なんてそうそういないって。それに、あの人たちと違って、シュウだったらマナー的におかしなことはしないと思うし。どの道、サンプルの検査結果が出るまでは一緒にいた方がいいでしょ? 監視だってしなきゃいけないんだから。それだったら軍部からサンプルが届くまで、のんびり新年の地上観光と行こうよ」
「無茶言うな、お前。大体こいつが初詣なんてガラかよ」
 そう言って、マサキが手前で厚かましくも操縦席を占拠しているシュウを見れば、案の定。シュウは余程興味を掻き立てられる内容なのだろう。どうかすると手元の書物に視線を落としがちになりながら、
「お二人のデートを邪魔するつもりはありませんよ。私とてここまで協力を申し出た以上、おかしな真似はしないと約束します。どうぞ気兼ねなく地上観光に赴かれてください」
「ほらな」
「いいから行こうってば!」ついにしびれを切らしたミオが絶叫した。「もう時間がないの! 魔装機置ける場所にザムジード転送して、そこから美容院だよ! なんだったらあたしが美容院に行ってる間にコピー済ませればいいでしょ! それにマサキは信用してるみたいだけど、あたしは未だ疑ってるんだからね、あなたのこと! その辺あたしが納得行くように、もっとちゃんとわかりやすく話を聞かせて貰うんだから!」
 言うなりザムジードの転送システムを起動させたものだから堪らない。「馬鹿、お前! 場所を弁えろ!」まるでテレビのノイズの裏側にいるかのように歪み、霞み始める機体が、そのノイズの向こう側で様々に色や形を変える。
「行くったら行くの!」
「行くならせめて転送先の座標を寄越せ!」
 マサキはシュウを押し退けてコントロールルームに収まると、素早く機体を動かし、その手でザムジードの腕を掴んだ。ミオの転送に巻き込まれるように、サイバスターの腕先が歪み始める。それは徐々に顔から肩口へ、そして胸元へと広がりを見せると、直ぐに全身を飲み込んだ。