春幽けき日にありったけのお返しを - 2/6

Scene 1.一路、西へ

 実にひと月ぶりとなる任務を受けてラングラン西部の街へと向かう道中。役に立たない精霊レーダーに、道案内ナビゲートを頼るのを諦めたマサキは、先行する同行者が操縦する魔装機を目視で追っていた。
「何でよりによってお前と組まなきゃならないかね」
「どうやら僕は信用がないようですね。マサキさん、何かご不満でも」
「大アリだ」
 毎度のこととはいえ、仲間に頼らねば目的地に真っ直ぐ辿り着けない己。好き好んで方向音痴に生まれ付いた訳ではないマサキとしては、不甲斐ない現状が面白くない。
「クリスマスにお前が何をしたか、俺は忘れてないからな」
「やだなあ、マサキさん。僕は事実を云っただけですよ。マサキさんのクリスマスパーティ欠席の理由がデートだって」
「そこが間違ってるんだろ! 男同士はデートって云わねえんだよ!」
 しかもその同行者が、よりにもよってクリスマスにあらぬ誤解を撒き散らしてくれたザッシュと来たものだ。
「ええと、ちょっと待ってくださいね、マサキさん。デート、デート……ああ、あった。恋い慕う相手と日時を定めて会うこと。なあんだ、合ってるじゃないですか」
「恋い慕うの時点で間違っていることに気付けよ……てか、お前どうやって言葉の意味を調べたんだよ……まさか辞書を持ち歩いてるなんて云わねえよな」
「え? ガルガードに搭載されている辞書機能を使いましたけど?」
「そんな機能、魔装機にあるのかよ!」
 驚くマサキにさも当然とばかりにザッシュが云い放つ。そんなことある筈ないじゃないですか。冗談ですよ。日頃の真面目な態度はどこにやら。涼しい表情でさらりとマサキを担いだ青年は、そう云ってにっこりと微笑んでみせる。
 はあ。マサキは深い溜息を洩らした。
 確かに、軍部と強いコネクションを持つ彼は心強い味方である。合同演習の日程調整から実戦での編隊指示まで、彼が関わってくれたからこそスムーズに話が進んだ事例には枚挙にいとまない。マサキたちが魔装機操者としての任務を遂行するにあたってもそうだ。任務遂行の都合で軍部に話を通さねばならなくなったとしても、ザッシュを頼れば問題なく収まるぐらいに彼の軍部への影響力は強い。特に情報局と軍部の折り合いが良くない現状、関係者の間では、双方の潤滑油的な役割を果たしているのはザッシュであると専らの噂だ。
 幼顔ベビーフェイスが目立つ青年の思いがけない能力は、マサキたち魔装機操者の活動をやりやすくするのに多大な貢献をしている。今回のマサキの任務の同行者に彼が選ばれたのも、そうした調整能力を買われてのことだ。
 けれども、悲しいかな。ザッシュには致命的な欠点があった。
 リューネ=ゾルダーク。マサキの為に地底世界に残ることを決めた女性に、彼はどうしようもない恋心を抱いてしまっているようだった。彼女の為なら例え火の中水の中。リューネに呼び出されれば即座に馳せ参じてみせるだろうザッシュは、先日のバレンタインデイでは、ミオが加工したリューネの失敗作のチョコレートを、そうと知りながら全て引き取ってみせた。
 それらをひとりで全部食べきった彼は、当然ながら後日猛烈に腹を下したらしい。
 友情と愛情の区別もつかないマサキには、相手の欠点も全てを受け入れてみせるザッシュの愛情など理解が及ぶ筈もなかったし、日々リューネに好き放題振り回されているからこそ、あのじゃじゃ馬のどこにそんな魅力が――とも思わなくもなかったが、蓼食う虫も好き好きと云う。きっとザッシュにしかわからない魅力が、リューネ=ゾルダークという女性にはあるのだろう。
 戦うことを義務付けられている魔装機操者たちにとって、戦う理由は多ければ多いほどいい。マサキにとってそれは青臭くも世界平和を願う気持ちであったし、己の誇りと矜持を守る為の保身行為でもあったが、ザッシュにとってのそれはリューネ=ゾルダークという女性であるようだ。リューネに認められるだけの強い男になりたい――掲げた目標に対して邁進するザッシュは己を磨くことを欠かさない。彼はだからこそ、ある時は魔装機の操者として、またある時は軍部の一員として、またある時はセニアの忠実な子飼いの部下として、多方面での活躍を続けている。
 ところが、だ。リューネ=ゾルダークという女性は余程理想が高いのか。それとも思い込んだら猪突猛進な性格であるからか。果敢にアプローチを続けるザッシュに対してなびく様子がないものだから、話はややこしくなるばかり。
 確かにリューネも稀にはザッシュの誘いに応じてみせているようだったが、だからといって彼を見直したといった話を聞かないのであるのだから困ったものだ。だったらわざわざ期待を持たせるような真似をしなければいいものを。そう思ったマサキがその理由をリューネに尋ねてみたところ、彼女曰く、「適当に付き合っておかないと、しつこく付き纏われるから」であるからだとか。
 保身の為とはいえ、罪作りな女性である。
 そういったリューネの脈のなさはザッシュにも伝わっているようだ。その都度、マサキたち魔装機操者の仲間に恋の相談を持ち掛けては右に左に。助言アドバイスを素直に聞いては実行に移していたザッシュだったが、年単位で進展しない関係に、さしもの好青年も心も腐らせてしまったようだ。かくて、ザシュフォード=ザン=ヴァルファレビアという青年は、当て擦りの為に恋敵たるマサキをおちょくることも厭わない青年へと変貌を遂げてしまったのである。
「何でお前はシュウとの情報交換をデートって表現したかな。お陰で俺はヤンロンにまでああだこうだ云われる有様」
「それだけマサキさんとあの人の仲が怪しく見えるってことじゃないんですか?」
 出会った頃の純粋なマサキへの憧憬の気持ちは何処へやら。今となってはシュウとの関係を揶揄するのも当たり前。嫌な方向に進化したザッシュの態度に、過ぎた歳月の重みを感じながらマサキは再び溜息を吐いた。
 ――あの頃は俺と話すのも緊張していたぐらいだったのにな。
 堅苦しいのが苦手なマサキとしては、当時のザッシュの態度には物を思うことが多かった。あれから何年が経過し、互いに面映ゆさの消えた青年となった。会話における敬語遣いは相変わらずだったものの、確かに当時と比べれば、ザッシュは格段にマサキに打ち解けてくれている。けれども同時に増してゆく厄介さ。控えめながらも物怖じせず、絡んでは笑っていなしてくる。緩急自在なザッシュの振る舞いは、彼がそれだけ修羅場を潜り抜けてきた証だったが、だが、その態度に翻弄されてばかりのマサキとしては、如何に仲間として心強い存在であろうとも、ザッシュと一緒に行動するのだけは避けたいところでもあった。
「本気でお前らの目にそう映ってるっていうなら、魔装機操者候補の適格基準を見直す必要があるな」
「えー? でも僕、ミオさんに聞きましたよ。マサキさん、あの人に料理を作ってあげる仲なんでしょう?」
「ミィィィィィィオォォォォォ!」
 マサキは力任せに風の魔装機神サイバスターのコントロールパネルを叩いた。
 油断も隙もない傍迷惑な仲間であるところのミオは、どうやら一番厄介な相手に一番聞かせてはならない話をしてしまったようだ。
「マサキ! 何すんのよ!」
「危ニャいんだニャ!」
 衝動的な行動にサイバスターの機体が大きく傾ぐが、そんなことに気を回している余裕はマサキにはなかった。ぎゃあぎゃあと姦しく騒ぎながら、二匹の使い魔がマサキからコントロール権を奪おうと迫ってくる。勝手にしろ。マサキは二匹の使い魔の爪を使った攻撃に観念して操縦席にどっかと身体を埋めた。
「何を考えていやがるんだあいつは。まさか、俺を裏切るつもりじゃ」
「裏切られるような何かがあるんですね、マサキさん」ぽん、とザッシュが両手を打つ。「大丈夫ですよ。僕、他の人には云ってませんから」
 猫の姿をしていようがそこは魔法で生み出されし使い魔。繊細な操作であろうが難なくこなしてみせる二匹のコントロールによって、サイバスターは即時に姿勢を正した。それを念の為に見守ったのち、本当かよ。マサキは各部を点検しながら、通信モニターの向こう側で微笑むザッシュに尋ねた。
「本当ですよ。迂闊に云っていいことでないぐらいはわかってます」
 魔装機操者の面々には本性が知られつつあったが、対外的には誠実な青年として信用を集めているザッシュである。伊達に軍部との調整役に任ぜられている訳ではない。彼は厳密に、口にしていいこととしてはならないことの区別を付けているのだろう。それならば――とマサキは心を軽くした。ミオに余計なことを吹き込まれたにせよ、ザッシュがそれを自らの胸ひとつに収めておいてくれるのであれば、マサキに被害が及ぶことはない。
 リューネなのだ。問題は。
 マサキは自らの左手に視線を走らせた。今日もその小指には、安物とは思えぬ輝きを放つ指輪リングが嵌められている。
 最早、身体の一部と化すまでに肌に馴染むようになった指輪。気恥ずかしくも、誇らしい。クリスマスにシュウから買い与えられたピンキーリングは、彼と交わした約束プロミスの証として、今も尚、マサキの小指を飾り続けている。
 今からひと月前。この指輪のお陰で、マサキは命が幾つあっても足りない目に合っていた。
 地上の暦で年明けの三箇日。シュウが思い付きで指輪に彫り込んだ文章に、マサキは期待していなかった。決してロマンティックなものではないに違いない。ただ、気にはなった。マサキには解読不能な古代語を彼がわざわざ使ったのだとしたら、そこには彼なりの意味がある筈だ。指輪を目にしたサフィーネの思わせぶりな態度も手伝って、俄然その文章に興味が湧いたマサキは、ウエンディなら読めるだろうと彼女にその解読を頼んだ。
 それが悲劇の始まりだった。
 確かに、テュッティにプレシア、ミオにリューネと、他の人間が同席している場でそれをウエンディに尋ねてしまったマサキにも非はある。けれども賢しい男のしたことだ。ましてや日常的に目に触れるもの。どうせ当たり障りのない文章だろうと気軽に解読を頼んでしまったのも無理なき事だろう。
 ――光あるところに闇あり。闇あるところに光あり。幸いあれ!
 決して期待していた訳ではなかったけれども、ウエンディが読み上げた言葉に、マサキはシュウにしてはらしさに欠ける文言だと思ったものだった。図書館が服を着て歩いているような知識の詰まった男にしては捻りがない。マサキとしてはもっと堅苦しくも、彼が所蔵している膨大な学術書の一節から引用されたような文言こそを期待していたのだ。
 それがこれだ。まるで子ども向けの御伽噺に出てくるような台詞。けれども、だからこそウエンディが読み上げた文言がそれだけであれば、それ以上問題が起こることもないままに話は終わっていた筈だったのだ。
 しかし悲しいかな。そこには続けてシュウが生まれながらにして持つファーストネーム、クリストフの名が刻み込まれていた。
 彼が何を思って現在の自分の名ではないものを、マサキに託した願いの証たる指輪に刻み込んだのかはわからない。けれども、何事も力ありきを信条とするリューネが、その事実を知って、そのまま話を流してくれたものか。
 彼女は嫉妬深いのだ。
 用事があってゼオルートの館を訪れたヤンロンの帰宅後のリビングの不穏な空気! マサキの身を心配するプレシアに、やっぱりねと納得した様子のテュッティ。何やら興味津々な様子で目を輝かせているウエンディに、指を鳴らしてマサキに迫ってくるリューネ……彼女の手が襟元を掴んだ瞬間、俺の命もここまでか――と、マサキは胸の中で十字を切って覚悟を決めたものだった。
 幾らリューネがマサキの言葉に素直な性質であるからといって、よもや事ここに至ってまで、マサキが自分で買った指輪などという虚言ざれごとを信じてくれる筈がない。どういった経緯でシュウのかつての名前が彫り込まれた指輪がマサキの左手の小指に嵌まるに至ったのか。流石に迂闊に口を割るような真似をマサキはしなかったものの、そういった態度のマサキに対してリューネが大人しくことを済ませてくれる筈もなく。
 かくてマサキが彼女に付けられた痣は、一週間もの間、消えることなく腕や肩に残り続けることとなってしまったのだ。
 あれからひと月。ようやく取り戻された穏やかな日常にマサキはいる。
 機嫌を大いに損ねていたリューネも、マサキの頑固さに態度を軟化させた。いつかは聞かせてよね! 舌を出しながら叫んだ彼女は、マサキの左手の小指に常に嵌まっている指輪の存在には、取り敢えず目を瞑ることにしたらしい。それ以来、彼女がマサキの指輪に言及することはなくなった。
 何事もなく過ぎている日々に、今更余計な波風を立てられてなるものか。ささやかなマサキの望みを誰が笑えただろう。現実にマサキは肉体的な被害を被っている。だというのに!
「もしかするとリューネさんにぽろっと云ってしまう可能性はあるかも知れませんが、それ以外の人には決して云いませんよ!」
 けろっと云ってのけるザッシュに、マサキは反射的に操縦席から飛び上がっていた。
「それが一番厄介だって云うんじゃねえかよ! 何でたきぎに爆竹をくべるような真似をするかな、お前らは!」

※ ※ ※

「朝も早くから呼び立てて悪かったわね、マサキ」
 地上の暦ではホワイト・ディとなるこの日。バレンタインのお返しを期待して浮足立つリューネに叩き起こされたマサキは、直後に直通電話ホットラインで呼び出されたのをいいことに、単身、情報局へと赴いていた。
「いや、いいぜ。どうせ今日家にいたって、碌なことにはならないからな」
 どうやらリューネから解放された悦びが顔に現れていたようだ。あからさまなマサキの表情の変化に、セニアは小首を傾げてみせながらその理由を尋ねてきた。
「酷く安心した顔をしているようだけれど、何かあったのかしら?」
「大したことじゃねえよ。地上で今日はホワイト・デイって云ってな、バレンタインのお返しを期待される日って、お前に云っても伝わらねえか」
「バレンタインって、この間チョコレートってリューネたちが騒いでいた日のこと? それにお返しをしなきゃいけないの? お世話になっている人にチョコレートを贈る日なんでしょ、バレンタインって」
「なんか海外じゃそうらしいな。けど、日本では好きな人に贈る日なんだよ」
 それを聞いたセニアは盛大に眉を顰めてみせた。意味がわからない、顔にそう書いてあるように映るぐらいに怪訝そうな表情。それもそうだよなあ。マサキは宙を睨んだ。そうした風習が横行する日本生まれのマサキですら、『何故に好き好んで贈られたプレゼントにわざわざお返しをしなければならないのか?』という根本的な問題に、『製菓業界の陰謀』以外の明白な理由を挙げられずにいるのだ。生粋のラングラン人であるセニアには、とてつもなく不合理な習慣に感じられていることだろう。
 しかも、料理の腕はからっきしな癖にチョコレートを手作りしたがるリューネは、不出来なチョコレートをマサキに押し付けるだけに留まらず、そのお返しを力任せに奪いに来るときたものだ。朝も早くから叩き起こされた後には、城下町を西へ、東へ。女性向けのアイテムを扱う有名な店を方々連れ回されては、あれがいいだのこれがいいだの……どれだけマサキが魔装機神の操者として人一倍の忍耐力を誇っていようとも、よくぞこの不条理な状況に怒らずにいられたものだと自分のことながら感心せずにいられない。
「地上の風習っておかしなものが多いわよね。クリスマスだのニューイヤーだの、あなたたち暇さえあればイベントって騒いでるじゃないの」
「そりゃあ楽しいからだろ。理由もなく騒ぐよりは、数百倍は楽しいぜ。お前らだって感謝祭だ精霊祭だってやってるじゃねえか。それと同じようなもんさ」
「まあ、確かに普段するパーティよりは楽しいわね」
「だろ。特に日本人はお祭り好きが多くてさ、海外の風習も自国流にアレンジして取り入れちまう民族なんだよ。だからいつだってお祭りお祭りって……って、そういう話をする為に呼んだんじゃないだろ。本題に入れよ。こんな時間から呼び出したんだ。それなりの理由なんだろ」
 自ら話を切り出したマサキに、そうよ、と短く言葉を返したセニアは、数枚に渡る書類をマサキに差し出してきながら、「ファングから連絡があったのよ」と、長く行方をくらましている魔装機ジェイファーの操者の名前を口に出してきた。
 思いがけない人物の名前が出たことに驚きながらも、マサキはセニアに促されるようにして書類に目を落とした。どうやら身上調査書らしい。まだ幼さ残る面差しのふたりの少女の写真が添付されている。ふたりとも似た顔立ちをしているあたり、姉妹か双子であるのだろう。
「まだ子どもじゃねえか。まさか今回の任務は、こいつらの調査だとか云わねえよな」
「近いけど外れよ」凛と通る声が執務室内に響き渡る。
 いつしか引き締められていた表情。きりりと結ばれた口唇は、これから話す内容がそれだけ厳しいものであることを示しているようだ。無理もない。マサキもまた表情を引き締めた。子どもが関わる話が穏便に済むことはそうないのだ。
「近いけど外れ、か。後味の悪い話にならないことを祈るぜ」
「どうかしらね」憂いを帯びた瞳がマサキを通り越した先を臨む。
 けれどもそれも僅かのこと。直後に女帝の顔を取り戻してみせたセニアは、いつも通りにマサキに語りかけてきた。
「ファングはどうやら西方で、ずっと調査を続けていたみたいでね」
「あの野郎。どこに行ってるかと思えば、お前の云うことも聞かずにスタンド・プレーかよ」
「困ったものよね。でも、今回はそれが功を奏したわ」
 日頃はどんな要求であろうとも、セニアの命とあれば唯々諾々と従ってみせるファングの暴走。飼い犬に手を噛まれた形となったセニアだったが、結果が付いてきたからだろう。セニアはファングの働きに満足している様子だ。お陰で預言の実現が食い止められるかも知れないわ。彼女はマサキにとっては思いがけない台詞を口にすると、続けてマサキを情報局に呼びたてるに至った経緯について語り始めた……。

 Ⅰ-Ⅲ
 東に黒き果実が、その実を口にした者に祝福を与えし時

 王都より東方、ラングランの東部で調査を行ったマサキとテュッティは芳しい結果を残せず帰還することとなったが、ラングラン西部に赴き、セニアの帰還命令を無視してしぶとく調査を続けていたファングは、どうやらそれらしい情報を手に入れられたようだ。

 Ⅰ-Ⅳ
 西の双【子】は【奇跡】を起こす

 バゴニアとの国境からは少し離れた場所に位置する人口三万人ほどの小規模な街、ザルダバ。そこの娯楽施設で繰り広げられている大道芸人たちのステージに、新たに加わった双子の姉妹がいるらしい。ゼフォーラ=ミーシャとシーシャと名乗る双子の歳の頃は十一。ラ・ギアス社会ではまだ子どもと扱われる年齢である彼女らのステージは、演目のセンセーショナルさも手伝って、街ではかなりの話題になっているそうだ。
 彼女らについての調査報告をファングより治安局経由で受け取ったセニアは、一読してそれが精査が必要な情報であると感じ取ったようだ。マサキに西部に赴き彼女らの“能力”を確認するよう求めると、その重要性如何においては彼女らの身柄を確保するようにと命じてきた。
 ――今回の任務においては慎重に事を進めて頂戴。相手は子ども。しかも女の子よ。どれだけ社会が男女の平等を謳って法整備を進めたところで、一般社会においての彼女らの立場は弱者にカテゴライズされるものだということを忘れないでね。
 一市民の身柄の確保といえども、各所に様々な根回しは必要だ。その間に彼女らに行方を眩まされては元も子もない。齢十一と云えども、ラングラン各所に被害を齎している預言の登場人物と目される少女たちである。ただでマサキたちに身柄を預けるような真似はしないだろう。
 任務の遂行をスムーズにする為には、煩雑な手続きの簡素化が必須。
 その為にセニアがマサキに用意した同行者、それがザッシュだ。
 各所に顔が利く彼であれば、穏便に事が済む方法を取ってくれるに違いない。セニアはそうザッシュに期待しているようであったし、マサキもそのことについての異論はなかった。事実、先の将軍カークスの嫡子たる彼は、それだけ強いコネクションを軍部や治安局に有している。
 無論、マサキとて超法規的な立場たる魔装機神サイバスターの操者だ。立場を有効に活用すれば、そうした面倒な手続きの数々を省略させるのは容易なことであったが、任務の対象が年端も行かない少女たちとあっては、強権を発動しての身柄確保は物議を醸す可能性が高い。
 しかも、武器を持たない一般人とあっては。
 軍部は元より、他省庁の反発も必至。特にラングラン議会は強く反応するだろう。
 そうでなくとも十六体の正魔装機の存在意義に関しては、賛否両論、意見が分かれるところであるのだ。軍部との関係が上手くいっていない今、議会までもを向こうに回す訳にはいかない。だからこそ、マサキは素直に同行者ザッシュの存在を受け入れた。彼が持つコネクションを利用して任務を果たし、預言の実現を今度こそ事前に食い止める。その為に。