彼は稀に夜中にうなされていることがある。
勿論、強健な精神を誇る彼のこと。うなされると云っても、派手な声を立てるのではなく、声を押し殺して呻く程度。それは、耳をよくそばだてなければ聞き逃してしまいそうなまでに、ひっそりとしたものだった。
黙して語らぬ彼が何を見てうなされているのか、マサキにはわからない。けれども、寝ているふりをして彼の様子を窺っていると、暫くもすれと飛び起きるのであるから、相当に良くない夢見であるのだろう。
いや、過去の妄執に、今以て囚われているというべきか。
彼は様々な因縁を持って生まれてきた。王弟の嫡子、地上と地底のふたつの血、比類なき頭脳、豊富な魔力……そうした彼の立場や才能を利用しようと企んだ輩は多かったに違いない。いつだったか、うっかり彼が口を滑らせたことがある。
――私はよく生きていると思いますよ。
だからマサキは、彼が飛び起きるより先に、彼の身体を強く抱くことにしたのだ。そうして大丈夫だと、何度でも声をかけてやる。
すると、彼は飛び起きることもなく、再びの穏やかな眠りへと落ちてゆくではないか。
それがマサキの声が届いているからの結果であるのかはわからない。黙して語らぬ彼は、マサキの声を聞いていたとしても、それを決して口にするような性格ではなかったからこそ。
だからマサキも、また黙して語らぬことにした。
――お前が赦しても、俺がそいつらを赦すことはない。
繰り返される夜。胸に密やかな決意を秘めて、そうしてマサキは、無事に朝を迎えたシュウに笑顔を向けてみせるのみ。