2.シュウ編
貸し借りの清算がしたい。
そう云われては断り切れなかったのだろう。自宅に姿を現したマサキは大層むくれてはいたものの、先日、シュウが押し付けた恩を忘れてはいなかったとみえる。
で、どう返せばいいって。|早々《はやばや》と口にしたマサキは、ソファに座っているシュウの隣に腰を落とすと、尊大にも手足を組んでみせた後にこちらを睨み上げてきた。
「これから借りを返させられる人とは思えない態度ですね」
「家に呼ばれた時点で、お前がまともに貸し借りの清算をする気がないのはわかってるからな」
「優しさのつもりなのですが」
「はあ? 優しさ! 優しさも随分地に落ちたもんだ」
そう云って乾いた笑い声を上げたマサキに、これは相当に警戒をしているようだと、シュウは苦笑しきりでマサキの腕へと手を伸ばしていった。
そうっと組んだ腕を解いてやる――と、マサキはし慣れないポーズが窮屈だったのだろう。組んでいた足をもついでと元に戻すと、だらりと床に伸ばしていく。
「で、何をしろって?」
やる気の全く窺えない格好。ソファの上でだらけきった姿でいるマサキが、投げやりに言葉を継いだ。
「庭の草むしりでもしろってか? それとも今度は俺がお前の我儘を聞けってか? だったらまだ教団への潜入調査を任される方がマシだ」
余程、何をさせられるかについて不安を感じているのだろう。一気呵成と言葉を吐き切ったマサキに、そうした態度こそが愛おしいのだと口に出さず思ったシュウは、それもいいかも知れませんね。と、微笑んだ。
「どっちがだよ」
「草むしりですよ」
マサキはいつもこうだ。いざとなると肝が据わる割には、いつも虚勢を張ってばかり。今だってそうだ。彼としてはシュウに警戒心を抱いていることを悟らせたくないのだ。だから敢えて、無防備に身体の構えを解いてみせた……
マサキの考えが手に取るようにわかるシュウとしては、その内心を思えば思うだに、笑いが込み上げてきてどうしようもない。
「ふん。何か妙な態度だが、まあいい。やれって云うならやるぞ。目的地まで道案内してもらったのは事実だしな」
云ったからには即実行。というよりも、さっさと用事を済ませて楽になりたいのだろう。即座にソファから腰を浮かせたマサキが壁の一面を埋めている窓へと足を向けた。
シュウはその手首を取った。そういった他人でも事足りる用事を、マサキに押し付けるつもりなどない。
「しかしそれでは私が楽しくないのですよ、マサキ」
「じゃあ何をしろって云うんだよ」
足を止めたマサキがシュウを振り返る。シュウはマサキの手首を掴んだまま話を続けた。
「あなたは今、何をしたいと思っていますか」
「お前への借りを返してさっさと帰りてえって思ってる」
「そういった話ではありませんよ。例えばお腹が空いているなどといった、あなた自身の欲望の話です」
「飯は食ってきた。働かされると思ってたからな。だが、その所為か眠い」
「わかりました」シュウはマサキの手を引いた。
眉を顰めたマサキが、手を引かれるがまま。ぶつぶつと文句を口にしながらも、シュウの膝の上に乗り上がってくる。
シュウはマサキの頭に手を置いた。寝なさい。そう続けて、彼の頭を自身の肩に凭れかけさせてやる。
「……この格好で寝るって、結構しんどいぞ」
不機嫌さらさらな表情を晒していた割には、素直にシュウの腕の中に収まったマサキだったが、とはいえ、その寝心地には不満があるようだ。シュウに聞こえるか聞こえないかといった声でぶつくさと文句を吐き続けている。
だったら――と、シュウは彼の腰を両腕で抱えた。
「なら、横になりますか」
そうしてソファの上。彼の身体を胸の上に乗せて、仰向けに寝転ぶ。
「気が済むまで寝て行きなさい。それで今回の貸しは帳消しにしてあげます」
はあ。と、深い溜息がマサキの口唇から洩れ出た。だから教団に潜入調査の方がマシだって云ったんだよ。続けてそう愚痴た彼は、けれども律儀に借りを返すつもりなのだろう。シュウの胸に頭を預けると、静かに目を伏せていった。