(二)
「動かしますよ」
「……勝手にしろ」
狂乱のコメント欄にひらすら驚くこと数日。そろそろ次の動画を撮影しましょう――と、シュウに云われたマサキは、リビングで前回と同様に、シュウが撮影の支度を済ませるのを視界の端に携帯小型端末を弄っていた。
目的は電子書籍だが、シュウのように堅苦しい言葉が並ぶような専門書など理解出来ないマサキである。コミカルなタッチで描かれた風刺漫画や冒険小説などを読むのが関の山。それでも読み始めれば続きが気になったもので、いつしか我知らず熱中していたようだ。今日は料理を作ります。耳に飛び込んできたシュウの声に視界を動かせば、目の前に食材が乗った笊が置かれている。
どうやらもう撮影は始まっているようだ。
打ち合わせをされた訳でもないマサキにとっては、全てが行き当たりばったりだった。これは? と、山盛りの食材に不安を覚えながらも、このまま放置しておく訳にもいかない。マサキは食材を改めた。
鶏肉に玉葱、卵にキャベツ。そして米。材料から察するに日本食を作るつもりであるらしかったが、たったそれだけのことが果たして目の肥えた視聴者にウケたものだろうか? マサキは首を傾げながら、アクションカメラの後ろに立っているシュウの顔を見た。
「何を作るつもりだよ。日本食か」
「それはこれからくじ引きで決めます」
「はあ?」
いつも通りの鉄仮面で吐く台詞にしては巫山戯ている。けれども元々が真顔で掲示板でレスバをするような男なのだ。表情がいつも通りであるからといって、中身までもが普段通りであるとは限らない。
マサキは背後を振り返ったシュウが何をするのかを見守った。
四角い不透明のプラスチックボックスは上面に穴が開いている。サイドボードの上に置いてあったそれを取り上げたシュウが、何度かボックスを振ってからマサキへと差し出してくる。中には恐らく料理名が書かれた紙片が入っているのだろう。かさかさと音を上げていたボックスに、準備が良過ぎるだろ――呆れつつもマサキは穴の中に手を突っ込んだ。
「てか、料理ってお前が作るのか」
「そろそろ昼どきですからね。丁度いいでしょう」
指先で探ってみたところによると、中に入っている紙片は六枚ほどであるようだ。どういったメニューが書かれているのかを知らないマサキからすれば、結構なギャンブルである。
「食べられる料理だろうな」
「それは勿論」
「なら、いいけどよ……」
どれを選ぶか。マサキはボックスの中で指先を回し続けた。
食べられる料理だとシュウが保障した以上、おかしなものが出てくるといったドッキリではないのだろう。しかし――そんな普通の内容で、果たして視聴者たちが喜んだものか? 疑惑を捨てられないマサキは、悩ましさに眉根を寄せた。
「そんなに警戒しなくとも大丈夫ですよ。どれも普通のメニューですから」
ここまで警戒されるとは思っていなかったのだろう。マサキの様子を見守っていたシュウが苦笑いを浮かべる。作為の感じられない表情に、マサキは前回、シュウが口にしていた台詞を思い出した。
――若い女性が好きなのは、男同士の友情から感じられる気安さや親しさですからね。
それが事実であるのならば、この程度の内容であっても彼女らにとっては栄養素になるのだろう。そうやって自分たちの関係が消費される是非はさておき、突飛なことをさせられずに済むのは有難い。ええい、ままよ。マサキはボックスの中から一枚の紙片を取り出した。
「親子丼?」
「ハズレですね」
「当たりは何だったんだよ」
「焼き鳥丼ですよ」
「ああ、くそ。俺の好物じゃねえか」
テーブルの脇に回ってきたシュウが、マサキの手から紙片を取り上げる。マサキは残りの紙片に書かれたメニューが何であったかをシュウに尋ねた。六枚の紙片の内、三枚が親子丼で二枚がチキンソテー、残る一枚が焼き鳥丼だったらしい。
「もう一回!」マサキは声を上げた。
「そうしてあげたいところではありますが、それを認めてしまうと企画が成り立たないのですよ、マサキ」
「いいじゃねえかよ。二回も三回も引かせろって云ってないんだぞ」
「なら、もう一回だけ」
「そう来なくちゃな」
再び差し出されたボックスの中に手を突っ込む。焼き鳥丼! マサキは念を込めながら紙片を引き上げた。
「巫山戯ろおおおおお! 何で二連続で親子丼なんだよ!」
決まりですね。にっこりと微笑んだシュウが食材の乗せられた笊を取り上げる。そのままキッチンへと向かって行った彼にマサキは盛大に舌を鳴らして、彼が料理を終えるまでの間の時間潰しと、再び携帯小型端末に視線を落とした。
※ ※ ※
電子書籍に熱中していたマサキが気付かないのをいいことに、シュウが焼き鳥丼を作り上げたのはその一時間後。まさかのサプライズに飛び上がらんばかりに喜んだマサキの姿に、コメント欄は熱狂の坩堝。再び阿鼻叫喚が飛び交う事態に陥ったのだとか。