(三)
マサキはテーブルを挟んで向かいに座っている男を睨んでいた。
ここは街の中心部にある大衆向けのレストラン。地元料理味わうにはもってこいの店に、何故、マサキが追手であるシュウと訪れているというのかというと、長期戦になると踏んだらしいシュウが先に手を回して、マサキのコテージの隣のコテージを借りてしまっていたからだった。
その事実をチカから聞かされた瞬間のマサキの悲嘆! このまま世界が滅亡の危機を迎えるのではないかと思ったマサキは、チカをその場に放り投げてコテージを飛び出していた。そして街中を彷徨うこと一時間ほど。目的の相手をマーケットで捕獲することに成功したマサキは、先ずはシュウがどういったつもりで自分を追ってきたのかを聞き出そうとしたのだが。
「あなたが絶交などと巫山戯たことを口にしたからですよ。ですから、それがどれだけ無駄な行動であるかをわからせて差し上げようかと」
「お前……広告モデルに俺が出ないなんて可能性は、万が一にもないと思ってやがるな」
「当然ですね」
口元に笑みを湛えながら、シュウがコートの内ポケットから手のひらサイズの携帯端末機を取り出してくる。どうやら何かをマサキに見せたいようだ。手慣れた手付きで画面を操作して情報を検索した彼が、PDAを差し出してきたのを受け取ったマサキはその画面に目を落とした。
そこにはラングラン議会の議事録が映し出されている。内容は勿論、『諸外国への魔装機操者の友好大使としての派遣』と銘打った『魔装機操者の芸能展開プログラム』についてである。
そもそも、何故芸能展開が友好大使としての派遣に繋がるのかというと、セニア曰く、前回の香水のイメージキャラクターが成功してしまったからこそのイメージ戦略であるのだそうだ。つまりは魔装機操者のイメージアップである。
戦火あるところにラングランの正魔装機あり。治安維持の為とはいえ、世界各国を転戦している魔装機操者たちは不名誉な噂が絶えなかった。戦争請負人だの、戦場の死神だの……中には、とても口に出せないような残虐行為をマサキたち魔装機操者が働いたなどというものもある。
だからこそ、ラングラン議会とセニアは魔装機操者たちの名誉回復の活路を芸能活動に見出したのだ。
それだけマサキが前回務めた香水のイメージキャラクターは、ラングラン全土に渡って絶大な影響力を誇った。商品である香水は増産に注ぐ増産を繰り返し、これまでの香水の最高販売数の記録をあっさりと塗り替えた。その上で、今でも売れ続けているらしい。げに恐ろしきは、トレンドを生み出す民衆の力なりである。
そのブームはラングランを飛び越えて、隣国であるバゴニアとシュテドニアスにまで飛び火していた。地続きであるが故に交流が盛んな三国では、トレンドが波及し易い。『あの魔装機神サイバスターの操者マサキ=アンドーがイメージキャラクターを務めた』という衝撃的な商品である。噂が噂を呼び、ついには両国からの輸出要請がかかった件の香水は、ラングランの輸出部門で十位に入るほどの輸出量を誇っている。
「戦わずして世界を丸く収められるのであれば、これに勝る戦略もありませんね、マサキ。あなたはそれを正しく理解しているのでしょう? このまま自分たちが好感度を稼いでいけば、友好大使として面目が立つだけの知名度を手に入れることが出来ると」
「それは……そうだが……」
マサキは唸った。
最終的に広告モデルを務めるのは仕方がないせよ、この男の思い通りになるのは癪である。何せ我が道を往く彼は、巨額の資産と豊富な人脈で大抵の無理は通してしまう。だから、マサキは最悪の可能性を考えてしまったのだ。そう、セニアを通じて議会に手を回すことぐらい、シュウからすれば朝飯前なことではないだろうか――と。
「ひとつだけ聞かせろ」
マサキはシュウを睨み付けたまま尋ねた。
「お前、ラングラン議会には手を回してないんだろうな」
その言葉にシュウは答えない。ただ静かに微笑んでみせるだけだ。
――これは間違いなく、議会を裏から操っている。
マサキは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。元王族という血筋に、学術・魔術・剣術に秀でる才能の持ち主である彼は、凄惨な過去を乗り越えてきたからか。今や運命の女神を味方に付けたのではないかと思うくらいに順風満帆な人生を送っている。その影響力たるや、いっそ彼が玉座に就いた方がいいのではないかと思うほどだ。
「おかしいだろうよ……何なんだよ、こいつ……議会に手を回すなら、もっとマシなこと出来るだろ……」
「諦めるんだニャ」
「捻れた頭脳の持ち主に、良心を期待するだけ無駄ニャのね」
マサキの足元で寝そべっていた二匹の使い魔が顔を上げた。
「大体、逃げたって無駄ニャって、おいら昨日もちゃんと云ったんだニャ」
「練金学が駄目ニャら科学、科学が駄目ニャら魔術がある相手に、剣術しか能力のニャいマサキが勝てる筈がニャいのよ」
どちらも酷い言い草である。
彼ら二匹の使い魔からすると、シュウに抵抗を続けるマサキのメンタルは異常なのだそうだ。何せ神をも退くステータスである。大抵の人間はその煌びやかさに尻込みしてしまうらしい。
――だからマサキは凄いんだニャ。
いつだったかそう主人を褒めてきた二匹の使い魔。だが、褒められている気がまるでしないのはどういうことなのか。
「まあ、私が議会に手を回しているかいないかはさておき、責任感の強いあなたはこういった事態になった以上、必ずやアクセサリーの広告モデルの仕事もきっちりこなしてくださると信じていますよ」
「お前の手のひらの上で踊らされるなんて、冗談じゃねえ」
黙り込んだマサキに、反論がないと読んだのか。シュウが話を纏めにかかる。けれどもその内容は、過分に自分に都合がいい。
マサキはがばと顔を上げた。
セニアと議会が手を結んでしまっている現状に関しては、魔装機操者のスポンサーたちのすることである。彼らに多大な恩があるマサキとしては、どういったトンチキな発想であろうとも彼らが決めたことだ。素直に受け入れる。ただ、それがシュウの発案となると――話が違う。
「大体、アクセサリーのモデルだあ? それこそお前の趣味全開じゃねえか。前回の香水のイメージキャラクターにしたって、死んでも俺がしないような格好をさせやがって……」
「あなたはきっとそう云うと思っていましたよ。ですから今回はちゃんと他にも手を打っています」
「どんな手を打ったんだよ。どうせお前のすることだ。碌なことじゃねえだろ」
瞬間、シュウがクックック……と声を殺して嗤い始めた。
どうやら図星であるようだ。マサキは深い溜息を吐きながら首を横に振った。最後まで聞かずして碌でもないことと知れてしまうシュウの悪趣味な思考。休日は研究三昧と面白味のない生活をしている真面目なサイエンティストたるシュウは、そのストレスからか。時折、マサキからすれば頭のネジが緩んだとしか思えないことを面白く感じてしまうのだ。
「聞きたいですか、マサキ」
果たして彼は、何に対してどういった手を打ったのか。
「いいから云えよ」
聞きたくないと思いながらも、自分に関わることである。聞かねば始まる話も始まらない。マサキはシュウを促して、その内容を語らせることにした。
ふふ……と抑えた笑い声を発したシュウが、ややあっておもむろに口を開く。
「他の魔装機神操者たちにも広告モデルになってもらうのですよ、マサキ」
自分は何度、この男の行動に絶望すればいいのだろう。仲間を巻き込むシュウの行動力に、マサキは果てしなく絶望した。