聖夜に限りない約束を - 3/3

 都市部から少し離れた郊外の駅で降り、まだ空いていた駅前のショッピングセンターでテュッティたちへのプレゼントを物色したマサキは、シュウの勧めも大いにあって、テュッティにハンドバックとハイヒールを、プレシアにワンピースと薄い色の口紅を買うことにした。
「まだ口紅は早いと思うんだけどなあ」
「あの年頃の少女は化粧に憧れを抱いているものです」
 そして、シュウには使うか使わないかわからない革製のキー・ケースを。いいと固辞するシュウに、「借りを作りっぱなしなのは性分じゃねぇんだよ。早く返しておくに限る」マサキは言って、キー・ケースをシュウに押し付けた。「そういう理由だったら受け取っておきますよ」シュウは言って、キーケースに早速ポケットの中の鍵をひとつ取り付けていた。
 ショッピングセンターを出て、商店街に入る。幅広い通りに時計塔が建っている。時刻を見れば、もう二十一時近く。まばらに降りたシャッターが、そろそろ夜の賑やかな時間が終わることを告げていた。
 クリスマスの街角。自分たちふたりは、地上の人間にはどう映っているのだろう。家路に着き、帰路を急ぐ人波の中。クリスマスカラーのラッピングが施されたふたつの大ぶりな包みを持って、シュウの背中を追いかけながら、マサキはふとそんなことを思う。
 友人。そう歳の少し離れた友人。そう見えるのだろう、一般的には。世の中の大半の人間にとって当たり前の平和な世界に身を置いて、マサキはその認識の違いがわからないほどに、他人に関心を持てない人間ではない。だからこそ、そう思う。
 平和なクリスマスの街角に立つ、男ふたり組。まさか、そのふたりが何年にも渡って、命のやり取りを続けている仲とは誰も思うまい。
「そういやサフィーネたちは今日はどう過ごしてるんだ」
「いつもと変わりなく。私たちに地上の暦や風習は関係ありませんからね」
「へぇ。女ふたりは絶対に、今日みたいな日は大騒ぎすると思ったんだけどなあ。どこからかは地上の情報を仕入れてきてるんだろ? あのふたりだって」
「イベント事は苦手だと重々言い含めてありますから。それでもときどき抜き打ちで何かをしでかされるのですから堪ったものではない。だから、今日という日に家にいたくないのは、あなただけではなく私も一緒なのですよ」
「帰りたくないのは一緒だが、俺はお前が任務を片付けて来いって追い出されたんだよ」
 どうやらシュウは、マサキが家にいたくないばかりに任務を引き受けたと勘違いしていたようだ。自分の仲間と思い込んでいたのだろう。僅かに目を見開いて、振り返ってまじまじとマサキを見る。「それは失礼をしました」
「いや、別にいいよ。クリスマスは今日だけのことじゃない。毎年のことだしな」
 確かに癖のある連中に囲まれて飲む酒は、あまり楽しい結果を齎さないことも多い。多いけれども、ひとりで侘びしく飲む酒に比べたら、誰かが隣にいる賑やかさや騒々しさというものは、それだけで酒のつまみ足り得るものなのだ。ましてや、いついかなる理由で命を落とすかわからない日常に身を置いているからこそ、そのあまり普通ではない乱痴気騒ぎもいい思い出になるのだと――そう、とどのつまり、マサキはなんだかんだと愚痴々々言いながら、あの館での生活を楽しんでいるのだ。
「残された時間は少ない。急ぎましょうか」
「いいよ。毎年のことだって言っただろう。もう少し、地上の空気を吸わせろよ。次はいつゆっくり来れるかわからねぇんだから」
 ゆったりとした足取りで先をゆくシュウとともに、住宅街を抜け、国道沿いの道へ。ぽつりぽつりと会話を挟みながらふたりで歩いた。クリスマスの思い出……ゼオルートの館での日常……城下の噂話に、地上の娯楽の最近の流行り。主に話をしているのはマサキだったけれども、シュウはそれを嫌がる素振りも見せずに、相槌を挟みながら聞き続けてくれた。
 そして、そろそろ空き地も目立ってきて、人気もなくなってきた道端で、シュウは足を止めると、「この辺りからなら人目につかずに乗り込めそうですね」と薄い雲がまばらに流れる夜空を見上げる。
 百万都市の郊外部では一等星なら夜空に輝く星々が臨めるものだ。都市の中心部では見られなかった星々が夜空に輝いている。オリオン座のベテルギウス……おおいぬ座のシリウス……こいぬ座のプロキオン……冬の大三角形の中央に、ふたりの居場所をトレースしていたらしい二機の人型汎用機ロボットの機影が、遠く小さく浮かんでいた。
「お願いがひとつだけ」
「なんだよ、急に」
 その二機の機影が徐々に大きさを増してくるのを見上げながら、シュウはマサキの顔を見ずに言った。
「自分で片を付けてみせるつもりです。でも、もし私に何かあったときには」
「冗談じゃねえ。一生、てめぇを監視し続けろっていうつもりか」
「言ったでしょう。私たち・・・の人生は短い。知識を追い求め続けてしまう私たちは、身体が頭脳に追い付いていかないことの方が多いのですよ。
 今はまだ若いからこそ、気力と体力でどうにかなっていますが、それでも理論を考え続けてしまう己の性に、私は疲れてしまうときがある。歳をとって、肉体が衰えれば尚更でしょう。私はそうなったときに、様々な外的要因や内的要因に抵抗しきれる自信がない。
 きっと、そんなに長い時間にはならないでしょう。私はあなたより先に逝く。どんな形であろうとも、先に。私たちはそういう生き物だ。だから、そのときには――」
「嫌なプロポーズだな」マサキは指輪を嵌めた手をポケットの中、握り締めた。「折角、そのぐらいには信用してやるって人が言ってやってるのに、無理に押し付けようとしやがって」
「嫌なら無理にとは言いませんよ。そのときの私には自我がない。あなたにこう話して聞かせたことも忘れているでしょう。わざわざ、今、私の心を慰めるためだけに、叶えられない約束をする必要はないのですよ」
「そんな風に言われたら、頷くしかないだろ。やってやるよ。一生、てめぇの監視を続けてやる。だから、先に逝くなんてそんなことは」
 続く言葉をマサキは吐けなかった。
 頭ひとつは高いシュウの長駆が屈む。次いで、口唇に口唇が触れる。暖かい温もりが冷えた口唇に心地よい。触れるだけのそれを残して、次の瞬間、シュウは青銅の魔神グランゾン操縦席コクピットに自分を転送したのだろう。姿を消した。

※ ※ ※

 どうせゼオルートの館には一瞬で着けるのだ――マサキは白銀の機神サイバスター操縦席コクピットに自分を転送すると、そのコントロールルームに心地よい疲れを覚えている身体を沈めた。
「お帰りニャのね! わぁ、大きなクリスマスプレゼント!」
「シュウに貰ったのかニャ?」
「これはプレシアとテュッティにだな……しまった。お前らにも新しい首輪を買ってくるんだった」
 後悔しても時既に遅し。中身は何かとやいのやいの騒ぎ立てる二匹を適当にあしらって、長く歩き続けた足を休めながら、マサキは静かながらもあっという間に過ぎていったシュウとの時間を振り返った。
 夜の帳の只中で、暫く物思いに耽る。触れた口唇。その温かかった口唇から吐き出された台詞。何を考えて彼が破壊神サーヴァ=ヴォルクルスに絡み続けるのかマサキにはわからなかったけれども、そんなマサキにもひとつだけはっきりとわかっていることがある。
 一生、彼はその呪縛から逃れられはしないのだ。
 明日は館の片付けを終えたら、セニアに今日の任務の報告をしに行こう。マサキは思う。そのついでに情報を仕入れてくることにしよう。しかし、情報が入手できたとして、次に自分がシュウに会えるのは、いつの日になることか……今回のシュウの掴んだ情報が空振りに終わることを祈りながら、よし、とマサキは呟いて、地底世界への転送システムを起動させる。
 うなるモーター音……歪む時空……極彩色の世界が目の前に広がり、身体にかかる負荷は果てしない。転送先の座標軸をゼオルートの館にセットする。金切り声のような耳鳴りと、乱気流の中にいるような目眩に耐え、マサキは地底世界への帰還を果たした。

※ ※ ※

 暖かい明かりが窓より漏れ出るゼオルートの館。背後に並び立つ魔装機の群れに、マサキはようやく自分のあるべき場所に帰って来れたような気分で、サイバスターから降り立った。
 操縦席で指輪は外してある。それを無くさないようにジャケットのポケットの奥に押し込んで、クリスマスプレゼントの包みが入った袋を片手にシロとクロを伴い、石畳の上、その門を潜った。
「お帰りなさい、おにいちゃん!」
 ずうっと待ち続けていたのだろう。早速とばかりにプレシアが玄関から飛び出して来る。その小柄で華奢な身体を抱き留め、「他の奴らには内緒な」マサキは袋からプレゼントの包みを取り出すと、プレシアに渡す。
「いいの? ありがとう、おにいちゃん」
 嬉しそうに顔を綻ばすプレシアの後ろにはテュッティ。その表情はまるで般若のよう。腕を組み、仁王立ちで、微笑ましい筈のやり取りを睨み付けている。
「あー……遅くなって済まなかった」
「どうせ私たちの預かり知らぬところで、あなたたち逢瀬を重ねてるんでしょ。だったら今日ぐらい我慢してくれてもいいものを。それをこんな遅い時間になって」棘のある物言いは、それだけでは収まらない。何せ、彼女は館を出る前のマサキに“真っ直ぐ帰ってくるよう”に釘を刺しているのだ。「何・を・し・て・き・た・の・か・し・ら・?」
「誤解をどんどん一人歩きさせようとしてんじゃねぇよ! 食事だけた、食事だけ!」
「どうだか。あなたにこんな気の利いたことができる筈がなし。そのプレゼントだって、どうせシュウのお見立てなんでしょう。わかるのよ、お姉さんには」
「アドバイスは貰ったけど、選んだのは俺だよ。なんで俺、こんなに信用がないかね」
「あの人が絡むと、おにいちゃん、おかしくなるから……」
 テュッティの信用を獲得できない己に、目の前のプレシアを見下ろしながら愚痴れば、彼女は彼女でシュウとマサキの関係に思うところがあるらしい。そっと視線を外すと、俯きながらそう呟いた。
「どいつもこいつもなんであいつの振りまく誤解を信じるんだよ! ザッシュか、ザッシュ! そういやあいつはどこで何をしてるんだ!」
「一時間ぐらい前かしらね? 詰所から呼び出しがあって、帰ったわよ」
「ああ、くそ。あの野郎。今度会ったら覚えておけよ」
 マサキは盛大に舌を打った。予めクリスマスパーティをするのはわかっていたのだ。それをほいほいのこのこ二匹の使い魔に唆されるがまま、シュウに着いて行ったのはマサキ自身。そうである以上、これ以上の言い訳のしようもなく、誤解は解けぬまま。ええいままよ、と、マサキはご機嫌取りも兼ねて、テュッティにもプレゼントの包みを渡す。
「とにかく、メリー・クリスマス。受け取ってくれよ。二人にしか用意してないんだから」
「どんな風の吹き回し?」テュッティは、これは意外と目を見開いて、「私にまでくれるなんて」
「いつも世話になってるからな。俺ひとりじゃ、この館の管理はできねぇし」
 その気まぐれには、シュウの言葉が大いに影響していたのが、マサキはそれには触れない。言ってしまったらまた話がややこしいことになる。そのぐらいのことは、いくらマサキにだってわかるのだ。
「まあ、今回は信用してあげてもいいけれど」
 嬉しいのだろう。プレゼントの包みを胸に抱き締めると、彼女は笑いたいけれども笑えないといった表情で、困った風に溜め息をひとつ洩らすと、
「私たちだけにって、狡いわよ。口止めされているみたい。リューネが酔い潰れているからいいものを、起きていたらどんな騒ぎになることか」
「ウェンディは?」
「練金学士協会の懇親会を兼ねたパーティと掛け持ちになってしまったんですって。かなりギリギリまでマサキの帰りを待って粘っていたから、後で謝っておきなさい」
 そう言って、玄関扉を開いた。テュッティの後に続いて、マサキも館の中に入る。
 二人はプレゼントの包みを大事そうに抱えながら、他の操者たちに見つからないように、そうっと自分たちの部屋へと上がって行った。それを視界の端に収めながら、マサキは宴の後の食堂に足を踏み入れる。
 食べ散らかされた料理が広がるテーブルに突っ伏すようにミオが。食堂と続きになっている広間リビングのソファではリューネとシモーネが。床の上では毛布をかけられたベッキーが大の字になって寝そべっている。そこから少し離れた場所では、デメクサがむにゃむにゃと何事か寝言を呟いていた。
 珍しくも酔い潰れるまで飲まなかったらしいヤンロンと、鋼の肝臓を持つが故に何を飲ませても正体不明になるほど酔うことがないゲンナジーが、そんな一行を尻目に、部屋の隅で差し向かいになり、何事が話し合っている。耳をそばだてて聞いてみれば、ラングラン全土を転戦して行われるとあるスポーツの、今季の勝利チームの予想だった。
「お帰り。遅かったな」
「人目につかない場所まで移動するのに時間がかかってな」
 先ずはミオ。マサキはテーブルに突っ伏しているミオの肩を叩く。
「俺に担がれたくなければ起きろよ」
 声をかけてみたものの、もう食べられない……そんな見当違いの返事をされたものだから、マサキは問答無用で椅子ごとミオの身体を引くと、崩れ落ちそうになる彼女の身体を抱き留めて、よいしょ……と、抱え上げた。そこに飛んでくるヤンロンの声。
「人目につかない場所で何をしていたのやら」
「サイバスターに乗るのにだよ! お前まで碌でもない噂に踊らされてるんじゃねえ!」
 よもやヤンロンにまで言われると思っていなかったマサキは、そう声を上げると、些か荒い足取りで、二階の客間に向かい、今日のために手入れされた真新しいシーツの敷かれたベッドにミオを放り込む。
 次いでリューネ、そしてシモーヌ。その最中、プレゼントの包みを開いたらしいテュッティとプレシアに抱きつかれた辺り、プレゼントの存在だけでなく、その中身もまた喜んで貰えたようだ。大いにアドバイスを貰ったシュウの王宮生活で磨かれたセンスに感謝しながら、シモーヌをベッドに放り込んだマサキは、鼻歌交じりで階下に片付けに降りてゆく彼女らを追いかけて、自らもまた階段を降りた。
 最後はベッキー。毛布で包んだ身体は女性にしてはかなり逞しく、マサキひとりで彼女を客間に運び込むのは難しい。ちらりとゲンナジーを見る。稀に見る筋骨隆々な体躯の彼は、それだけでマサキが何を訴えているのかわかったらしい。「…………」と、何事か呟いて、こくりと頷くとベッキーを担いで二階へと上がって行った。
「ファングはいつものことだからいいとして、ティアンとアハマドはどうした?」
「気持ちよく酔えている内に帰るって言って、三十分ぐらい前かしらね。帰ったわ」
「おにいちゃんによろしく、って言ってたよ」
 テュッティとプレシアは今日はテーブルの上を綺麗にするだけに留めるようだ。食器を台所に運び込み、布巾をかけるのを手伝いながら、そう言えば――マサキはシュウから聞いた城下で流行っているらしい指輪の話を二人に聞かせてみることにした。テュッティは知らなかったが、プレシアはウェンディから耳にしたことがあるらしい。「おにいちゃんにそれとなく教えておいてって言われてたんだけど……」大人しくも、ときに大胆になる彼女の思わぬ策略に、マサキはどうしたものか頭を掻く。
「おにいちゃん、あたし、何も言わなかったことにしておくね」
「いや、うん……まあ。その方が面倒が少なくて済むか……」
 ウェンディが知っている以上は、リューネもまた知っているのだろう。だったらすっとぼけ続けた方がマサキのためになるに決まっている。これ以上、ああだこうだとはあらぬ噂で囃し立てられるのはマサキとしては御免被りたいところなのだ。
 そのついでに、指輪を嵌める指の意味を訊ねてみた。プレシアはきょとんした表情をしていたが、テュッティは少しばかり知っている知識があるようだ。「右手の薬指は恋人同士、なんて学生時代に聞いたわね」
「そうなると、左手の薬指は夫婦か。それ以外の指に何か意味があるのかね」
「本当かどうかわからないけれど、一時期、周りの女の子の間で小指に指輪をするのが流行ったのよ。ピンキーリングはプロミスリングだって。左手の小指に嵌めると願いが叶うらしいわよ。でも、変ね。あなたがそんなことに興味を持つなんて。何、あなた。もしかして指輪でもシュウに貰ったの?」
「迂闊なものを買わないように知識を身に付けておくんだよ。薬指じゃないからいいか、なんて指輪に手を出して、あのふたりに色々言われるんじゃ堪ったもんじゃねえ」
 これは下手に襤褸を出さない内に食堂から退散した方が良さそうだ。マサキは鋭いテュッティの指摘に、動揺を表さないように努めながらそぞろ話を繰り返し、ほどほどのところで自分の部屋に引き下がった。
 ――プロミスリング。
 ベッドの上、身体を横たえて、ジャケットのポケットから貰った指輪を取り出す。鋭く輝く指輪を眺めながら、マサキはシュウが指輪に込めた願いに思いを馳せる。大事なものを扱うようにそっとその指輪を左手の小指に嵌めて、「本当に嫌なプロポーズだ」マサキは呟くと、磨き抜かれた銀色の指輪に口付けた。