140字SSにチャレンジした記録 - 3/10

お題:最後の言葉(シュウVer.)

 ふとした瞬間に、別れ際の彼の最後の言葉が思い出されては、シュウは心によどが積もったような気分になったものだった。「研究熱心もいいけど、日常生活も大事にしろよ」もう二度と、じゃれあったり、睦み合ったりすることのない相手。恋人。そういった関係を築いた相手を気遣う台詞を、ふたりでいる最後の時間の一番終わりに発してみせる辺り、実にのびやかに生きている彼らしい。そう思うからこそ、シュウは未練を捨てきれないのだ。
 会いたい。
 罪作りな人だ。もう一度、過日の関係を取り戻せてしまうのではないかと、そう期待させる言葉を最後にするなんて。シュウは部屋の壁に掛けてある上着を手に取った。言葉を交わす気はなかった。ただ、街角でいい。視界の隅にその姿を収めていたい。繰り返し、発作的に湧き上がってくる欲。それに突き動かされるように、そうしてシュウは部屋を後にした。

お題:最後の言葉(マサキVer.)

 抜けない棘のように心に刺さり続ける言葉がある。「さようなら」誰しもの口から当たり前に発される五文字が、マサキの胸を疼かせ続けているのは、それが別れ際に彼が発した最後の言葉だったからだ。
 話をしている相手の名前を語尾に付ける癖のあるシュウが、最後の最後で呼ばなかった名前。当たり前のようにキスをし、当たり前のようにセックスをした。その関係を終わらせるに至った理由はマサキの我儘だったけれども、こうしていざかつての日常に身を置いていると、彼の口から発される自分の名前、その特別な響きが懐かしく感じられて仕方がない。
 会いたい。けれども今更、厚かましくもう一度――などと云えはしない。さようなら。その言葉が、彼の出した答えの全てであるのだから。