YOUTUBER白河 シュウマサカップルチャンネル編 - 3/10

(三)

「何だよ。今日はもうカメラ構えてるのか?」
 一週間ぶりにシュウの許を訪れたマサキは、玄関ドアを開いてから間を置かずして姿を現わしたシュウに僅かに眉を顰めた。
 アクションカメラGoProを構えている。
 どうやらスイッチが入っているようだ。リビングに向かって歩き出したマサキを正面に、カメラの画角に収めるようにして後ろに下がってゆくシュウの姿は、黙っていさえいれば美形の部類に入るだけに滑稽に映る。
 マサキは溜息を吐いた。何がそんなにこの男をインターネットのムーブメントに引き寄せるのかは知らないが、それにマサキを付き合わせるのであれば、せめて心構えはさせて欲しいものだ。
「今日の撮影は直ぐ終わりますよ」
 その不満が顔に出ていたのだろう。シュウの言葉にマサキは尋ね返した。
「本当かよ」
「ええ。少しばかりあなたに伝えたいことがあるだけですので」
 自分たちの日常生活を動画に残すことにマサキは当然抵抗を感じている。そもそも写真が苦手なのだ。二枚目を自認していることもあって鏡を見るのは嫌いではなかったが、それを記録として残されることには否定的だ。
 気恥ずかしいこと他ない。
 掛け声とそもに表情を取り繕うあの瞬間の気まずさ! 出来上がった写真の不自然な表情など、何度も見たいものではないだろうに。だのにシュウと来た日には、そうして残した記録をきちんと保管し続けている。チカの話によれば、気に入った写真は焼き増しして、同じ写真を何枚も並べたアルバムを作っているのだとか。
 恐ろしい。恐ろしいが、それが正しい情報であるかを確認する勇気はマサキにはない。
 それでも、それで満足してくれる分にはいいのだ。シュウがひとりで楽しむのであれば害はない。問題なのは、彼がそれだけでは飽き足らず、動画を撮ると始まったことだった。
 しかもその記録をインターネットを通じて衆目に晒す。
 狂気の沙汰にも限度がある。
 尤も秘めておきたい部分である私生活を、何を好んで他人に見せなければならないのか――マサキに付く虫を払う為だとシュウは云っているが、独占欲の強い彼のことである。マサキとの仲をアピールしたいという欲も含まれているに違いない。
 ――まあ、別におかしなことをされない分にはいいんだけどよ……
 マサキはカメラで大半が隠れてしまっているシュウの顔を見た。口をしっかと結んでいる男は、どうやら真顔でカメラを構えているようだ。
「顔だけ見てりゃ、まともに見えるんだがな」
「まるで私がまともではないような台詞を吐きますね」
「掲示板でレスバだの腹筋だのスレ加速だのしてる男に云われたくねえ」
 マサキはリビングに入った。
 三人掛けのソファの中央から少し左。定位置に腰を落ち着けて、自分をアクションカメラGoProに捉え続けているシュウを見遣る。彼が伝えたいこととは一体何であるのだろう。考えていると、視界の隅に何やら高級そうな紙袋が映り込んだ。
「何だそれ」
 テーブルの上に置かれている純白の紙袋。浮き出し加工で店名らしき文字が彫り込まれている。
 マサキは目を凝らして店名を読み取ろうとした。けれどもそれは叶わなかった。タイミング悪く、マサキの姿をより良く撮ろうとしたシュウが目の前に回り込んできたからだ。
「報告があります」
「何だよ」
 重々しく口を開いたシュウに気圧されたマサキは居住まいを正した。何を云われるのだろうか。内心、不安を感じながらシュウの次の言葉を待つ。
「チャンネル登録者数が十万人を超えました」
「嘘だろ?」マサキはソファから腰を浮かせた。「だってまだ動画二本しか撮ってねえぞ」
「私もこんなに早く達成するとは思っていませんでしたよ。以前のチャンネルは半年かかりましたからね」
「いや、それも凄いと思うがな……」
 熱狂に包まれたコメント欄。最初の動画が百万再生を超えた時に一度だけ見た光景が蘇る。『いつ結婚するんですか』だの『夫夫だ』だの云いたい放題。ああいった女性は世の中では極々一部だと思っていたが、マサキの予想とは裏腹に広く生息しているらしい。
「物好きって多いんだな……」
 脱力感に苛まれながら、マサキはソファに身体を埋めた。
「それに感謝をしなければなりませんね。これも見てくださる皆様のお陰です」
「お前の口から出ていい言葉じゃねえ」
「ですがそのお陰で、今回は素晴らしいものを用意出来ましたので」
「それがその紙袋か?」
 マサキはシュウの影に隠れている紙袋を覗き込んだ。流石にもう隠そうという気はないようだ。どうぞと片手で持ち手を掴み取ったシュウが、マサキに紙袋を差し出してくる。
「ブランシェ=ジーン……って、あのブランシェか!」
 マサキは飛び付くようにして紙袋の中を覗き込んだ。
 かれこれ三ヶ月は前のことになる。シュウとともに街に出たマサキが何気なく覗き込んだショーウィンドウに飾られていた腕時計。凝った造りの時計に目を留めたマサキを、珍しくもシュウは目が高いですねと褒めた。
 それがブランシェ=ジーン。練金学が隆盛を誇り、再生産エネルギー式の時計が当たり前になった現代に於いても、頑なに機械式時計の生産を続けるメーカーの腕時計だった。
 大量生産の再生産エネルギー式の時計は中のムーブメントは同一であったが、機械式はそうはいかない。如何に正しく時を刻ませるかに執念を掛ける彼らは、メーカー独自のムーブメントを開発し続けている。
 精度の高い時計のムーブメントを組み上げるのはかなりの手間だ。熟練の職人が手作業でムーブメントを作り上げるだけあって、生産数は決して多くない。何社か残っている機械式時計の生産メーカーの中でもブランシェ=ジーンは特に精度が高いと評判だ。鏡面のような盤面の美しさも相俟って、市場では高値で取引されている。
「いいのか、これ。マジで高かっただろ」
「登録者数十万人記念ですからね。このぐらいは奮発しないと」
 本物だ。紙袋の中に収められているギフトボックスを開いたマサキは声を上げた。布張りの台座に収められた時計の盤面は、鮮やかな翡翠色で彩られている。
 夢にまで見た機械式の腕時計。そうっと時計を取り出したマサキは、早速と自分の手首に腕時計を嵌めた。ずしりとした重みが心地良い。
「けど、俺ばっか貰うのは悪いな」
「画面に映っているのはあなたですからね」
「でも企画を考えてるのはお前だろ」
 マサキは暫し思案した。お返しも兼ねてシュウに何かを贈りたい。
 その答えは直ぐに思い付いた。多忙なシュウがその日々にかまけて叶えていないことは幾つもある。そこからひとつを選び出したマサキは腕時計から顔を上げて、シュウを見詰めた。
「そういやお前、精進料理に興味があるって云ってたよな。禅寺とかも行ってみたいって」
「ええ。禅宗の精神性は剣術に通ずるものがありますしね」
「よし、行こうぜ。俺が足も金も出す」
「いいのですか?」
「十万人登録記念だろ」マサキは笑った。「チャンネル作った本人に褒美がないのはな」
 動画に自分が出ることに抵抗を感じているマサキではあったが、企画そのものに嫌気は感じていなかった。何よりこうして二人で過ごす時間が豊かになることで、かけがえのなさが増す。
 そう考えると感謝の念も湧くものだ。
 マサキから旅行の提案を受けたことが嬉しかったようだ。カメラの下で口元を緩ませているシュウに、マサキは「いつにするよ」と、日本旅行の日程を尋ねた。

 ※ ※ ※

 その動画の公開と同時にチャンネル登録者数は十五万人を突破したようだ。シュウから報告を受けたマサキは、あまりの物好きの多さに頭を抱えながらも、そのお陰で決まった日本旅行が待ち遠しくて仕方なく。それをまた動画にするつもりであるらしいシュウに、「まあ、記録が他人の記憶に残るってのも悪くないかもな」と、笑いかけた。