140字SSにチャレンジした記録 - 4/10

お題:ご機嫌取りも楽しみのひとつ

「ほら、マサキ」
 精神を落ち着かせる為の牛乳がたっぷりと入ったカフェオレ、良く通っているらしい洋菓子店の新作クッキー、美味しいと云っていたチョコレート味のスコーン、そしてここの所、飽きもせずに食べ続けているオレンジゼリー。これでもかとマサキの好きな菓子類を並べたティータイム。テーブルの準備を終えたシュウがマサキに声をかけると、まだ拗ねているらしい。口唇を尖らせて、上目遣いでシュウを見上げてくる。
 いつだって機嫌を損ねるのはマサキの方だ。それは他愛ないことが切っ掛けで引き起こされるちょっとしたイベントのようなものだった。例えば、結んでやった靴紐が左右で不揃いだったから、或いは切り分けてやった料理の肉片が食べにくかったから――といった。
 時に王子様のように振舞うマサキの我儘をシュウが寛容に受け止めているのは、そういった些細なことで彼が機嫌を損ねてしまうのには、他に理由があってのことだとわかっているからだった。正魔装機の存在に関して議会で突き上げを喰らった、或いは軍部や近衛騎士団が自分たちの陰口を囁き合っているのを耳にしてしまった……自由に生き、気ままに振舞っているように見えても、彼は絶対無二のその立場に縛られている。魔装機神の操者であるマサキには、ままならないことが多いのだ。
「……食べさせろよ」
「いいですよ。どれから食べますか」
 ようやく口を開いたマサキの要求に、シュウがさらりと応じてみせれば、彼はソファの上でクッションを抱きながら、あんまり俺を甘やかすなよ、と呟いた。自らが不条理に機嫌を損ねているのはわかっているようだ。
 食べさせて欲しくないの? シュウは尋ねる。私が他人に対して奉仕するなど、そうはないことですよ。そう付け加えると、マサキは少しだけ口の端の動かして、小さく笑った。いいや、食べさせろ。何だと云いつつ、マサキはシュウに甘やかされるのが好きなのだろう。 
 そしてシュウもまた、マサキを甘やかすことが好きなのだ。大袈裟な準備をしてまで彼のご機嫌取りをしてしまうのも、拗ねたり不貞腐れたりするマサキのその態度が、可愛らしく感じられて仕方がないから。シュウはマサキのゼリーが食べたいという言葉に従ってスプーンを取った。いつだって彼は彩りの少ないシュウの人生に、こうしてささやかな楽しみを与えてくれる。そう、ご機嫌取りもそのひとつ。シュウはスプーンに乗せたゼリーを、マサキの口元に運んでいった。