(五)
何してるんだよ――と、シュウの家に上がり込んだマサキは、既にソファに向けて設置されているアクションカメラと、その正面から少し右寄りに座って本を読んでいるシュウに尋ねずにいられなかった。
「『ふたりで普段どう過ごしているのかが見たい』というコメントが結構あったので、今日は日常を撮ろうかと」
本から顔を上げたシュウが、いつも通りの冷ややかな微笑みを浮かべる。その顔で云っていい台詞じゃねえよなあ。そう思いながらも、シュウのその台詞でマサキは自分がここに呼び出された理由を悟った。
「だから今日来いって云ったんだな」
シュウの左隣に座り、テーブルの上にあるリモコンを取り上げる。もうアクションカメラのスイッチは入っているようだ。点灯するライトに、ちらとファインダーを見遣ってから点けたテレビに視線を向ける。
「日常はいいけど、いつも通りじゃ多分最高潮につまらないだろ」
「そうは云ってもリクエストですからね。まあ、偶には毛色の異なる動画があってもいいのでは」
「お前がひたすら本を読んで、俺がひたすらテレビを見るだけの動画だぞ。何が面白いんだ?」
「後でこの動画を上げたら、どこが面白かったかコメントしてもらうのもいいかも知れませんね」
「まあ、いいや」マサキはリモコンを操作して、良さげな内容の番組を画面に映し出した。「てことは、今日は特に何もせず、いつも通りに過ごしていいんだな」
賑やかなバラエティ番組。今日は大道芸の特集であるようだ。
スタジオに呼ばれたらしい芸人がジャグリングを披露している。五つのクラブを慣れた手付きで宙に放り投げたジャグラーは、それを次々とキャッチしてみせながらくるりとスピンをしてみせた。
だが、シュウはそうした芸にはまるで興味がないようだ。と、いうより、手にしている本の内容に心を奪われてしまっているのだろう。いつの間にか本に視線を戻していた彼は、マサキを見ることなく言葉を継いでくる。
「ええ。私も今日は何もしませんので、好きに過ごしてくださって結構ですよ」
「なら、飲み物でも取ってくるか」マサキはソファから立ち上がった。
「何を飲むよ」
キッチンに向かって歩んで行きながら尋ねれば、わかりきった返事が聞こえてくる。
「アイスティーで結構ですよ。冷蔵庫の中に作り置きがあります」
「俺の為に準備ご苦労さん」
決して紅茶を淹れるのが上手くないマサキに頼むのは無理があると認めているのだろう。わざわざ呼び立てた手前、あれこれやらせるのもと思っているのかも知れない。自らの飲む分をきちんと自分で準備したらしいシュウに、マサキは「俺も飲んでいいか」と尋ねながらリビングを振り返った。
言葉にするのも面倒なようだ。頷いたシュウに冷蔵庫を開き、ふたり分のアイスティーを用意する。
「偶には一緒にテレビを見ようぜ」
「見てもいいですが」
グラスに注いだ綺麗な琥珀色のアイスティ。テーブルの上に置くと、窓からの光が美しい影を作る。それを手にすることもなくマサキを見上げてくるシュウに、マサキは問い返した。
「いいですが、って何だよ」
「こういうことですよ」
読んでいた本を肘掛けに置いたシュウが、マサキに向けて腕を開いてみせる。
マサキは暫し思案し、ソファを映し続けているアクションカメラに視線を向けた。使うんだよな。と聞けば、当然のように、ええ。と、頷かれる。やだ。マサキはそっぽを向いた。
「世界中に見せていいもんじゃねえだろ」
「私は構いませんが」
「あのな、お前が構わなくとも俺は構う――」
ぞっとする台詞を吐いたシュウにマサキが顔を向けた瞬間だった。マサキの手首をシュウが取った。
ひんやりとした温もりに、胸が騒いだ。会わなかった日々の恋しさがまるで湧き水のように噴き出してくる。ここ数ヶ月というもの動画の企画が優先されてばかりだったからか、まともな触れ合いは数えるばかり。ゆっくりと手を自分の方へと引いてくるシュウに、「使うなよ」マサキは云って、彼の膝に乗り上がった。
「使ったら絶交だ」
「どうしても?」
「もうちょっと当たり障りのない動画にしてくれよ」
シュウの胸に背中を預けてテレビに視線を向ける。クラブは終わったようだ。両手にふたつの箱を持ったジャグラーは、今度はその間に挟んだ箱を地に落とすことなく巧みに操作している。
「ハプニングがあった方が面白いと思いますがね」
「まだ四本しか動画出してないんだぞ。お前がどういう展開を考えてるかは知らねえが、こういうのは最後の方で出すもんだろ」
咄嗟に口から出たでまかせだったがシュウは納得したようだ。成程。と、小さく言葉を発すると、マサキの腰に腕を回してくる。
「なら、今回の動画はお蔵入りですかね」
「使えるところだけ使えよ。全部使わないって、それはそれで勿体ないじゃねえか」
「あなたも大分動画撮影に慣れてきたようで」
クックと声を潜ませて嗤ったシュウが、マサキの肩に顎を乗せてくる。「あれは何て云う技なの?」続けて尋ねてきたシュウに、シガーボックスって云うんだよ。と答えたマサキは、そこから一時間ほど。シュウの膝の上に腰を落ち着けて、彼と一緒にテレビを見た。
※ ※ ※
使えそうな部分だけを編集して動画にしたようだ。それから三日と経たずにアップされた五本目の動画は、今回は流石にそんなに反響もないだろうと思っていたマサキの予想とは裏腹に、何故か過去最高のコメント数を記録した。
彼女ら曰く、シュウとマサキの遣り取りは『もう熟年夫夫』に見えるらしい。
――もしかしてこいつら、俺たちが何をやっても面白いんじゃないか?
動画のコメント欄をシュウの膝の上で眺めながら、彼女らの熱狂がさっぱり理解出来ないマサキは、ひたすらに首を傾げるしか出来なかった。