(六)
かくて出来上がった六枚のポスターは、前回以上の旋風をラングランに巻き起こした。
何と云っても四人の魔装機神操者が揃い踏みをしているのである。これにレアリティを感じないラングラン国民ではない。貼られた先から剥がされるポスター。ジュエリー会社にはポスターを入手したいラングラン国民からの問い合わせが相次いだ。
勿論、マサキたちが身に付けていたジュエリーも売れに売れた。
華美になり過ぎず、且つ、日常生活で邪魔にならない程度の大きさ。そしてラングラン国民の大半にとって手が届き易い価格帯であること――マサキたちモデルに付けさせる商品を、シュウは件のアクセサリー会社の社長にそう提言していたそうだ。
最も、それだけでは中間層に消費されるだけで終わる。一過性のブームで終わらせない為には、リピーターとして相当な富裕層を顧客として取り込む必要性があった。だから彼はこうも提言した。その中にひとつだけ高価なアクセサリーを混ぜておくのですよ――と。
流行とは話題性の高さでもある。シュウの読み通りに、高額なそれらの商品を富裕層はこぞって買い揃えた。魔装機神操者が四人揃う広告など次はいつ生まれるかわからない。その希少性が彼らを消費行動に駆り立てたのだ。
※ ※ ※
ポスターが貼り出されてから二週間が経ったその日。マサキはようやく王都に足を踏み入れた。
魔装機操者が広告に顔を出すのも珍しくはなくなったとはいえ、魔装機神操者四人が顔を揃えた広告は初の試みである。この事態に黙っているようなマスコミではない。ゼオルートの館には前回を超えるマスコミが、マサキたちのコメントを取れないかと詰めかけた。それが一段落ついたのは、セニアが四人のコメントと称したプレスリリースをマスコミ各社に送付したからだ。
とはいえ、戦うことが本領のマサキたちに気の利いたことが口に出来る筈もない。
つまりは一から十までセニアの捏造である。
それでも全くコメントが取れないかった前回よりはマシであると感じたようだ。先を争ってゼオルートの館に詰め掛けていたマスコミは、潮が引くように姿を消した。
静けさを取り戻した館に、ようやくの外出と、マサキは久しぶりに生活用品などの買い出しをすべく王都に向かった。
大通りから西に伸びる通りは市場に続いていることもあって、八百屋や魚屋、乾物屋などの個人商店が軒を連ねている。その中の一軒、馴染みの八百屋にマサキは足を踏み入れた。軒下に並ぶ野菜を物色する。この店が取り扱っている野菜は、日本料理を作るのに適していた。なんでも女将曰く、昔に起こった日本食ブームの名残であるのだとか。
「あっら、マサキちゃん! 今回は早かったわねえ!」
早速とマサキの顔を見付けた女将が、店の奥から飛び出してくる。
「見たわよ、ポスター。今回も素敵だったわ」
「やめろよ。あんな白塗りを素敵だの何だの云うな」
ファンデーションこそ肌の色に合わせていたものの、眉だの睫毛だの口唇だのは真っ白である。しかもこれから撮影という段階になって、どうせなら瞳の色も合わせようとカラーコンタクトまで入れられてしまった。原形を留めているのは髪の色のみ。こうなってはマサキ=アンドーとしての面影を探す方が難しい。
実際、メイクルームで鏡を見たマサキは、笑えばいいのか怒ればいいのかわからなくなった。
口元に白いダリアを咥えさせられ、顔半分をベールで覆って臨んだ撮影。スタジオの片隅でヤンロンが身体をふたつに折って、必死に笑いを堪えている中、カメラマンの指示に従ってポーズを取ること数度。出来上がった一枚にシュウはいたく感心している様子だった。
「何でよ。あたし、イヤリング買ってもらったのよ。ほら」
そう云われて女将の耳を見れば、成程。確かに彼女が付けているムーンストーンのイヤリングは、マサキが撮影時に身に付けていたものと同じものであるようだ。
「あんたの旦那さん、見た目よりミーハーなんだな……」
前回は女将が買わせたとはいえ、喜んで香水を付けて歩いていたらしい八百屋の主人。齢七十を超える彼は今もその香りを楽しんでいるらしいと聞く。
「そりゃあ、マサキちゃんここもうずっと通ってくれてるじゃないの。そりゃあ買ってくれもするわよ」
あははと豪快な笑い声を上げた女将の耳で揺れるイヤリング。撮影の最中には気にしている余裕がなかったアクセサリーのひとつをマサキは今更ながらに見詰めた。
コンパクトに纏まったデザイン。小ぶりのイヤリングは、彼女の仕事の邪魔にならずに付けていることが出来そうだ。落ち着いた光を放っているムーンストーンの上品な輝き。日頃はどっしりと構えている女将ではあったが、今日は女ぶりが上がって見える。
やはりこういったアクセサリーは、女性の身体を彩っている方が釣り合っている。自分が飾り立てられる姿に未だに慣れないマサキが改めてそう感じ入った瞬間だった。
「そう云えば、六枚目のポスター。あれ、不思議だったわね。一体、誰と誰の手なの?」
女将に尋ねられたマサキは、さあな。と、言葉を濁した。
マサキにミオ、テュッティにヤンロンがそれぞれ単身アップショットで映っている四枚のポスターに、四隅を四人の顔で囲った一枚のポスター。魔装機神操者の四人の顔がクローズアップされたそれら五枚のポスターに対し、最後の一枚は極々シンプルなものだった。
重なり合う二つの手。その薬指に嵌められた一対の指輪。
映っているのはたったそれだけだ。
傾向の異なるポスターはラングラン国民に様々な想像をさせているようだった。果たして、その手の正体は誰と誰であるのだろう。彼らは口々に語り合った。片方の手はマサキのものである。それは剣を握って硬くなった指の形で直ぐに知れたようだ。
けれども、もう片方の手の主が誰のものであるのか。魔装機神操者の誰かのものであると思い込んでいる彼らには見当が付かないようだ。マサキに直接尋ねてくるものも絶えないその謎の答えを知るのは、マサキたちと撮影現場のスタッフたちだけだ。
それこそがシュウ=シラカワの企みだった。
彼は自らの手を撮影に参加させることで、自身の欲を叶えたのだ。
「じゃあな、女将。また来るぜ」
「その時には答えを教えてよ」
「やなこった」
口の端を吊り上げて女将に分かれの挨拶を告げたマサキは、軒下を潜って市場に続く通りに出た。そうして街を往きながら、各所に貼り出されている自分たちのポスターを眺める。
想像していた以上にモデルらしく映っている三人に、今後はあいつらにモデルは任せよう。そんなことを考えながら、六枚目のポスターの前で足を止める。
シュウの手とマサキの手が重なり合うポスター。
どうせ最後ならと、アクセサリー会社の社長に頼み込んで実現に漕ぎ着けたのだそうだ。
マサキが絡むこととなると盛大に戯けてみせる男の、恐らくは最初で最後のエゴ。馬鹿だなあ。思わずマサキの口を吐いて出る言葉。ふたりが初めて対になるアクセサリーを身に付けた記念を公共の場に垂れ流しにしたがるところが、実に傲慢なあの男らしい。
だのに、愛しくて仕方がない。
マサキに約束を取り付けたシュウは、きっとこれから無理難題をマサキに押し付けてくることだろう。けれどもどうせ、それらはシュウの目にしか晒されないものである。ならばもう少し心安く聞いてやることにしよう……そんなことを考えながらポスターの前を離れたマサキは、近くまた彼の許を訪れよう。そう胸に刻みながら家への帰途に就いた。