眠れぬ夜の小夜曲 - 6/6

<6> End of Serenade

 あの最後の夜からどれだけの年月が過ぎただろう?
 今しがた起こした流血の惨事をどう思うでもなく、シュウは手に入れた愛機を駆って逃亡の道程を往く。追っ手は幾重にも網を張り、そこから逃れきらねばこれから先の未来はない。だが、シュウには自信があった。必ず逃げ切れるという自信が。
 幾十もの戦闘機を撃墜し、幾十ものパイロットを血祭りにした。空を跳ね、大地を走り、ひた走る修羅の道を見据える瞳に迷いなく。
 目指す道が在る。
 大いなる道が。
 それは世界の破滅などというささやかなものではなく、それよりも小さい望みなれど、果てしなく生産的な目的。約束の地はじきに自らをその始まりの場所へ招くだろう。あの夜から新たに抱いた夢を成就させるその場所へ。

※ ※ ※

「サイフィス様のお恵みさ」
 二人でカウチに身を寄せ合うように寝そべって、話した。
「タイムワープなんてそんなご大層な技術、まだラ・ギアスにはねぇよ。過去から未来へ好き勝手に行けるもんなら、そりゃあ上へ下への大騒ぎだろうな。歴史を変えようと皆が皆動き出すだろうし、俺だってその都度過去から未来へと行かなきゃならない。そんな忙しい生活なんて御免だ。さっさと役職放棄するさ」
 多くは語って貰えなかったし、伝えさせても貰えなかった。マサキが「何者」なのか、シュウには予測が付かないこともなかったが――話だけは随分前から出ていたうえに、シュウがあの世界を後にする時点で、計画自体がかなりの段階まで煮詰められていた。けれどもその予測をマサキにぶつけた所で、彼は決して答えはしなかっただろう。肯定も否定もせず、曖昧に笑って誤魔化すだけで。
 精霊を宿した人型汎用兵器の制作。地底を離れて久しい大公子にも支援者は存在するものだ。風の噂で聞いたところでは、試作機がついに完成したとか。それぞれの精霊を載せる機体の名称もそろそろ決定するらしい。
 だが、ある不安要素が存在するのだと、その「風の噂」は伝えていた。
 それが真実であるとすればマサキは純粋なラ・ギアス人ではなく……余計なことは考えまい。言うまいと、シュウは苦笑でマサキに向き直る。
 その時には解ることなのだ。
「それで風の精霊の恵みですか」
「そう。俺の働きに感謝した精霊様が、最初で最後の願いを叶えてくれるって」
「最初で、最後」
「そう」とシュウを見下ろしてマサキは微笑んでいた。俺は働き過ぎたんだ、とそれだけ言ってそれ以上はこの問いに答えなかった。ただ、シュウの髪を梳いて意味ありげに、
 ――お前はどこに行ったんだろうな。
 と呟いて、
 ――案外、俺と同じような考えだったりしてな。
 曖昧に、それは泣いているようにも怒っているようにも見える複雑怪奇な表情で笑った。
 文字通りに意味を取ればそれは、マサキと同時に未来の自分の命を語っているようでもあったが、その是非を問うのはやはり、シュウには憚られた。そうであればあの不可解な消失の謎も解ける気がしないでもあったが。
 それは追求を許さないマサキの態度も無論だが、シュウ自身、未来は不確定なままの方がいいのだろうと思い始めた所為もある。何より、その方が楽しみではないか。
 いずれ、シュウはマサキと出会う。その瞬間を待ち望める。
 先の事、全てを見通せる瞳など要らない。重ねる月日を、これから築き上げるだろうその日々の重みを知ってしまったら、今ここに在るマサキを失った後のシュウが送る年月は無味乾燥なものとなってしまう。空白――タブラ・ラサと名付けられた人が生まれながらにして持つ人生の本は、これから記されて行くものでなければならない。
 これから記すのだ。シュウが、この手で。
 ――あなたに会えたこの時間に、感謝しますよ。
 カウチの脇のスタンドライトだけに照らされた室内。最初の夜と同じ暗い静寂の中で、テレビの雑音もなく互いの声だけを聞いていた。この時、シュウが次の言葉を捜しあぐねて窓の外に目をやると雲間に星を覗かせながらも、天から雪が舞い落ちてくるのが見えた。
 シュウは微笑んだ。
 細雪散り行くニューヨークのダウンタウンのアパートメントの一室に、暖房らしい暖房は備え付けのヒーターしかなかったけれども、それを点けずとも充分に暖かいと感じた夜。
「俺の知らない時間のお前に会いたかったんだ」
 シュウの沈黙を補うようにマサキはマサキで、饒舌なまでに語った。
「俺と出会う前、それはあっちの世界のお前にも興味がなかった訳じゃないけど、そこまで辿り着くまでの時間、この世界でお前が独りで何を見て何を感じてどんな思いで生きていたのか――それが見たかった」
 ただ、見ているだけのつもりだったのに。
 そう付け加えて、「見ちまうと駄目だな」と照れくさそうに頭を掻いた。その仕草と言葉が、その時点での自分と彼との関係を明確に表しているような気がしたのはシュウの慢心ではないだろう。
「子供だな、本当に」
「そうですよ、私はまだ――あなたの知らなかった時間の私は、子供なんです」
 抱き締めた、何度も。
「けれども、幸せだ」
 縋るように抱いたシュウの腕に身を任せて、「どうしようもなく、幸せだ」マサキは幼少時代に戻った風な無邪気な微笑みで居た。
 触れて、触れたくて、離したくなくてたまらない――その感情が何かわかっていた。夢で触れた口唇――いや、あれは夢ではなく、現実の出来事だったのだとマサキはその途中で語ったのだが、少なくともシュウにとっては未だ夢としか認識出来ないその能動的な行為を、知りながらも実行に移せなかったのは、その自制の賜物だったのだろうか。もしかするとシュウ自身知らない新たな自分の成した技、出会っていない人間がこうして出会った、その奇跡を踏み躙りたくないと願うロマンチストな一面がそうさせたのかも知れない。
 伝えたかった言葉があったにも関わらず、それをマサキが言わせてくれなかったことも関係しているだろう。彼は「言うな」と険しい表情でそれを制し、頑なにそれだけは譲らなかった。
「それでも私はあなたを忘れませんよ」
 忘れろと言われた言葉は胸に鋭く切り込んで、この時までシュウの疵となっていた。
 奇跡がこうして在り得ない出会いを成し遂げたのだとしたら、それは偶然ではなく必然の出会いだ。神の悪戯で為された気紛れな偶然であったなら、忘却もまた必然と言える。だが、そうではない。そうではないのだ。これはマサキと精霊サイフィスの明確な意思の下に行なわれた必然の出会いである。ならば、それはこれからの人生に関わる出会いとして運命に定められた道と言い換えても差支えないだろう。
 違うだろうか? 違わない、とシュウは思う。
 一見狂ってしまったかに見えるこの出会いは、在るべきものとしてシュウに訪れたのだ。
「忘れて、なるものですか」
 もう一度、繰り返した。
 決意の強さを込めて、全身の力を腕に注いで、マサキを抱いて。出会いは必然として運命が齎したものであると言い聞かせるように。
 そうして、
「……それでも、いいのかも知れないな」
 どんな気の変わりようか、マサキはそれまでとの態度とは間逆の言葉を吐いた。驚きに目を見開くシュウにその直後、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた、俺も会ってる、という言葉と無関係ではないだろう。それを逃すなどという粗忽な真似はしない。確かに耳に留めた呟きにシュウは感じ入る。
 このマサキと居た自分は恐らく、マサキが自身で述べたようにその子供時代へと向かったのではないだろうか。
 推測でしかない、それは御伽噺より他愛ない妄想だったが、少なくとも自分はそうするであろうとシュウは思う。最後のその瞬間、願いがひとつだけ叶えられるのだとすれば、誰よりも自分の側にあった存在の、共に過ごした幸福な時間ではなく、自分の知らなかった時間を垣間見たいと。その過去に寄り添っていたいと。
 その過去が辛く険しいものであるのであれば、尚更だ。道を拓く担い手たろうと、或いはその一時の安らぎたろうと目指すだろう。
 マサキも、恐らく――そう思い、そう願ったのだ。
「雪だな」
 腕から擦り抜けたマサキが、カウチから降りて窓際に立つ。
「ええ。今年の初雪は例年に比べて遅かったですね」
 夜半過ぎて尚明るいニューヨークの街並みに照らされた白銀の粉雪が、更にマサキを照らし出す。しんしんと音もなく降り積もる雪は、まだ小粒なだけに直ぐに溶けてしまうだろうが、うっすらとベランダの欄干に白い膜を張って、本格的な冬の到来を主張していた。
 ニューヨークを覆い尽くす寒波はこれからが本番とばかりに。
 マサキがそれまで居たかったと言ったクリスマスの頃には、記録的な積雪がニューヨークの賑やかな街並みを白く塗り込めているだろう。それは寒いながらも艶やかな毎年の恒例行事だ。
 ショーウィンドウやクリスマスツリーのイルミネーションが眩く街を照らし出し、行き交う人々の道標となる。どうかすると膝まで覆い尽くす勢いの降雪は、先々さえも見失なさせる。その白い世界に影を描き出してくれるのが煩いまでのイルミネーション。長く伸びる影はそうして往くべき道へと導いてくれるのだ。
 その街並みをクリスマスの夜には、いっそう忙しなく人々が行き交う。
 家族でも食べきれない大ぶりのターキーにクルトンとチーズがたっぷり乗ったサラダ、スープはコーンクリーム。クラッカーにはハムとチーズとハーブを踊らせ、それを味わうのには泡が弾けるシャンパンが欠かせない。子供が喜ぶメインはケーキ。硬いスポンジにシュガークリームを振り掛けて、ラズベリー、ブルーベリー、ストロベリー、零れそうなフルーツが頭を飾る。中に隠された幸福を呼び込むコインを引き当てるのは誰だろう。
 そんな豪勢な食事を味わうのはクリスマスの翌日だとマサキは知っているだろうか。
 クリスマスの夜は教会で。夜通し人々は神への感謝を歌い、踊り、祈り、伝える。
 出来ればそんな賑やかながらも厳粛な夜を味あわせてやりたいと、雪を眺めるマサキの背中を凝視めながらシュウは願った。マサキが一秒でも長く、この世界に留まっていられるようにと、願った。
 私利私欲ではない。そんな子供じみた考えで、マサキを繋ぎ止めたいと思う程にシュウは形振り構わぬ幼子ではない。ただ、それがマサキの望みであり願いであったからこそ。いや、互いの希いだったからこそ。

 けれども、

 運命は、必然で成り立っているのだ。

※ ※ ※

「マサキ……?」
 その背なが、それまでとは異なり白くぼんやりと輝いた。街灯りに照らされたのともまた違う荘厳な輝きに、シュウは目を細め――そして見た。
 いつぞや見た宗教画、そのイコンに記されていた天使の群れ。終末の光に導かれて神を来臨させるべく、地へと降り立った彼らの姿を体現したかのような白い翼が、マサキの背にぼんやりと、しかし見間違えようもなく存在しているのを。
「時間が――来る、みたいだ」
 振り返ったマサキの背後に、更なる白い光が、その神々しいまでの姿を現そうとしているのが見えた。翼をはためかせ、天へと駆け上がろうとする力強い鳥に似た姿は、話としては伝わるものの現実に目にした人間はいないとされる精霊サイフィスの具現化なのか。こんな形で目にするとしたら、それは皮肉以外の何者でもない。別離を告げる白亜の鳥など、夜明けを告げるひばりよりも性質が悪いではないか。
「もう思い残すこともない」
「本当に、そう思っているのですか」
「ああ……そうだよ」
「クリスマスまで居たいとあなたは言ったのに、今のその言葉を信じろと」詰め寄るシュウに「現実だよ、これが」静かにマサキが言い放つ。
「現実がどれだけのものですか。あなたの願いをサイフィスは叶えた。なら、ささやかな時間を、残り僅かな時間を、引き延ばすことぐらい容易い事でしょう!」
 風が咆える声が聞こえた。それは出来ないのだとでもいうように。
 大鳥の姿は輝きを増し、シュウの視界を覆い尽くす。近付いて、近付いて、今まさにマサキを連れていかんとするかの如く翼を大きくはためかせ、唸り、猛り、咆える。その勢いたるや、空気を震わせ、大地を揺らがせ、天へと舞い上がる風の声、そのもの。
「シンデレラだよ。魔法は解ける時間があるんだ」
 焦るシュウに対してマサキは冷静だった。
「ガラスの靴は残してやれないけど、お前が覚えていてくれるなら」
「覚えていますよ、ずっと」
 間髪入れずに言い切ったシュウにマサキは微笑い、「それがガラスの靴さ」茶化すように続けると、今となっては懐かしいあのフレーズを口ずさんだ。
 ――tell me where you’re going……
 出会いはタクシーで、この曲を聴いて。
 ――I will go with you……
 何処に行くの? などとはもう問えなかった。一緒に連れて行ってと言うことも出来なかった。風の精霊が放つ咆哮はその激しさをひたすらに増している。
 窓の外の景色など望めぬ白光が室内をも埋め尽くす。超新星の爆発を思わせる光の洪水の只中、それを掻き分けるようにしてシュウはマサキに駆け寄った。
 終わりの時を、非日常の終焉を受け入れて。
「マサキ」名前を呼んで、「忘れません」と今一度抱き締めた。温もりを惜しみ、この手に刻みつけつけようとした最後の抱擁。
「……その言葉、忘れるなよ」
 それこそがマサキの本音、だったのだろう。最後まで物分りのいい大人を演じるには、彼の抱えた想いは大き過ぎたのやも知れない。パラドックスは重々承知しながらも、それを潔くは受け入れきれない。その葛藤が、思わず口を滑らせてしまったのだとシュウは思う。
「あなたに誓って――忘れない」 
「なら」口唇を噛み、口惜しそうに俯いたマサキが顔を上げた次の瞬間、その無骨ながらも華奢に映る手がシュウの頬を包み、自らの顔へと間近に引き寄せる。
「諦めるな!」
 真摯な瞳がシュウの心を見透かすように凝視していた。はすっぱにも映る三白眼の緑を孕んだ眼、それがシュウを捉えると同時に、瞬きをすることすら躊躇われる苛烈さを発する。瞳で全てを伝えようとするかの如く。
「どんなに辛いと思っても、お前が望む未来を諦めるな!」
「私の望む……未来」
「そう、お前の望む未来だ!」風の音に、今にも掻き消されそうになる声を必死に張り上げてマサキが言う。
「こうして狭く古いアパートメントに身を置いて、屈辱に耐え、寸暇を惜しみ、ひたすらに追い求めた未来! それを、諦めるな、絶対に!」
 勢いに息呑みつつも、シュウには疑問が浮かぶ。
 それが破壊に満ちた道であろうと、マサキは肯定するのであろうか。シュウが望むのは覇道に見えた外道。正道に見せつつ、搦め手だ。形だけは立派な学者となったとしても私欲と私怨は消えはしない。何故ならそれこそが手段、なのだから。
 世界の終焉を、滅亡を齎す為に生きているのだとしても、マサキはそれさえも肯定してくれるのであろうか――考えかけて野暮なことだとシュウは頭を振った。
 彼は未来を知っている。知っているからこそ言うのだ。
「俺はそこにいる! そこに答えはある! だから……」
 行かないでくれと言うのは容易い。側に居て欲しいと望むのは容易い。
 現状を維持したいと望むだけなら誰にだって出来る。それは行動ではなく願望だ。
 けれどもこれから訪れる未来の為だけに、それだけを心の支えとして生き抜くのはどれだけの困難だろう。願望ではない、行動を。いつ訪れるとも知れないその未来に、辿り着くのを夢見て行動しろとマサキは宣告しているのだ。残酷な、そう、例えようもなく残酷で希望に満ちた宣告を。
 それは苦行にして高潔な道標!
 マサキは言う。
「お前が俺に言おうとした言葉が真実なら、お前が諦めない限りそれは!」

 ――叶う。

 そう言おうとしたのだと思う。
 最後の言葉をシュウが聞けなかったのは、マサキが消えてしまったからではなく、その口唇でシュウの口唇を塞いだからに他ならなかった。それは触れただけの短い口付けだったが、夢よりも鮮明にシュウの口唇に温もりを、そう、確かな温もりを残して。
 言葉での別離の挨拶は交わせぬまま、まるでそれが挨拶代わりだとでも言うように。

 マサキは消えたのだ。

※ ※ ※

 シュウは自らの目的に邁進し、そうしてこの日を迎えた。
 挫けそうになったことがないと言えば嘘になる。その「弱さ」は他でもない、マサキが自覚させたものだ。自分は誰よりも強靭な精神を持っていると信じて止まなかった過去、それは虚勢を張っていただけだったのだと認めさせた。
 内側に眠る異なる存在も消え失せてはいない。力を求めるが故に払った代償は、今も自らを蝕んでいる。それに対する恐怖も今尚存在している。
 それでもシュウはここに居る。地上で、自分の望む道を違えようもなく歩んできた。
 ――tell me where you’re going……
 この歌を耳にした瞬間から何かが動き始め、
 ――I am going too……
 それは日々を経るにつれ形となり、
 ――tell me where you’re going……
 やがて、シュウに自己を与え、
 ――I will go with you……
 かけがえのないものを心に宿らせた。
 モニターに映る景色、レーダーに映る敵機の反応、めまぐるしく動く情勢を眺めながらシュウは今日も胸の内でその歌を歌う。その視線にある変化が捉えられたのは、逃亡を始めて三時間と十分が経過した頃だった。
「随分と……静かになった気がしますね」
 先程までと比べて追っ手の数が減ったような気がする。気がする、だけではなく現実にレーダーからその反応が消えている。ようやくその包囲網から抜け出したのだろうか……シュウは軍の無線を傍受する。相変わらず自らを追う相手に暇ないようだが、では何故こうも追跡の手が緩んでいるのだろう。いくつかのチャンネルを回して、その理由らしきものに辿り着いた瞬間、シュウは思わず快哉を上げてしまいそうになった。
 照合不可能、所属不明の機体がこの辺りに出現している。のみならず、その機体の特徴はあの夜目にしたサイフィスの姿に酷似しているではないか。魔装機計画に存在していた風の精霊を宿す機体の名は、「風の噂」に一度聞いただけだが忘れようもなく耳に残っている。しかも、ご丁寧にも「風の噂」はその操者の名前まで告げてくれているのだから間違えようもない。
 ――俺はそこにいる。
 長い夜を潜り抜け、今やっとそこに辿り着いたのだろうか。孤独な夜を愁いた日々に、眩い光が差し込む日が訪れたのだろうか。鼓動が一気に跳ね上がる。最後の夜を、重ねた思い出を、シュウは一日足りとも忘れたことなどなかったのだ。
 どれだけ待っただろう、この日々を。
 あの日の幻影を追って。
 逸る胸を抑えつつシュウはそこへ向かう。慎重に情報を拾いつつ、敵を警戒しながら。会えば会ったで殲滅戦の姿勢で挑むのに変わりはないが、機体の消耗は極力避けたい。まだ、この機体にはしなければならない「仕上げ」が残っている。それを終えてこそ、真の姿が明らかになるというものだ。
 網を潜り抜け、そこを目指す。レーダーが反応を拾えば後は早い。
(tell me where you’re going.)
 一目散にその地を目指せ。
(I am going too)
 そこに辿り着く為に。
(tell me where you’re going.)
 長い夜はじきに明ける。
(I will go with you)
 歌うシュウの目の目の前にそうして、待ち望んだ姿が近付いてくる。
 チャンネルを開いて通信をオープンにすれば、思い出の姿よりも面映い、まだ少年と呼ぶに相応しい顔立ちが、しかし見間違えようもなく明瞭とシュウの目に飛び込んでくる。そのあまりの幼さに、始まりの地からの道程の長さを思い知らされる。約束の地はまだ遠い。
 だが、シュウは嘲笑う。哄笑する。その日々さえも耐えてみせようと。
「ほう……これは……サイバスターじゃありませんか。まさか地上で出会えるとは思いませんでしたね」
 与えられた困難を乗り越えるのは、心に宿した想いがあるからだ。その為ならこれから先の見えない距離の年月も耐えられる。自分の心を、願いを捻じ曲げなければそれは叶うと教えてくれた言葉があるのだから。
 けれど……とシュウの胸に少々性質の悪い感情が芽生える。
 長い夜をこうして耐え、その夢の具現の為に今日という日を追い求めてきたのだ。

(今度は逆に、私を追って頂いても罰は当たらないでしょう。違いますか、マサキ)

 モニターの向こうで何やら気性荒く咆える、「過去のマサキ」を眺めながらシュウは独り微笑んだ。

<了>