(六)
始めますよ――と、撮影の準備を終えたシュウが云った。
キッチンに向けてセットされたアクションカメラ。それとは別にもう一台のアクションカメラがマサキに向けて構えられている。持ち主は当然シュウだ。
マサキはキッチンを見渡した。
カウンターの上に調理器具と調味料が並んでいる辺り、料理をさせられるのは間違いなさそうだ。来るなりシュウにキッチンに連れ込まれたマサキは、彼に渡されたデニム地のエプロンを身に着けながら、カメラのファインダーに顔を向けた。
流石に六回目の撮影ともなれば慣れもする。
わざわざ表情を作る気にはなれなかったが、照れや嫌気を感じることもない。こうやって慣らされていくんだよなあ。そんなことを思いながら、マサキはシュウの次の言葉を待った。
「今日はですね、料理対決をしようと思います」
自分だけが料理を作らされるのではないかと思っていたマサキは、予想外のシュウの台詞に肩の力が抜けた。
りょうりたいけつ。と、我ながら間の抜けた声で彼の言葉を復唱する。そうですよ。頷いたシュウが手持ちのアクションカメラをカウンターに置いて、自らもまたエプロンを身に着ける。
信じられないほどに似合っていない。
マサキは視線をそっとシュウから外すと、カウンターの上に再び目を落とした。
「その割には食材がねえな」
「冷蔵庫の中身を好きに使っていいというルールですので」
成程、そういうことか。納得したマサキは、しかし――と、シュウを振り仰いだ。
「勝ち負けはどうやって決めるんだよ」
「負けを認めた方が負けです」
「それ、一生勝負が付かねえだろ」
意固地で頑固なマサキとシュウは、どちらも簡単には自分の負けを認めない。それは喧嘩をした際の態度にも表れていた。
自らに非があるのが明らかでも、決して頭を下げたりはしない。意地の張り合いは決着を先延ばしにし、酷い時には一ヶ月以上、顔を合わせなかったこともある。そんな似た者同士が、主観で勝負の決着を付けるなどどうやれば出来たものか。
だが、シュウは勝算があるようだ。クックと声を潜ませて嗤うと、それはどうでしょうね。と、自信たっぷりに云ってみせる。
「はん。随分と余裕ぶっこいてるじゃねえか」
「とても面白いレシピを入手しましたので」
「どんなレシピか知らねえが、俺の料理の腕に勝てると思うなよ」
マサキはアクションカメラ向かって顔を突き出すと、挑発も兼ねて鼻で笑ってみせた。
シュウの料理のレパートリーは少ない。
決して料理をしないという訳ではなかったが、マサキを始めとして、世話を焼きたがる人間に囲まれている彼は、滅多なことではキッチンに立つということをしなかった。キッチンに立つぐらいならば、ケータリングで食事を済ませる。王族であったが故に舌が肥えているからだろう。好むメニューが偏っている割には贅沢なことである。
「あなたこそ、私の料理に驚かないことですね」
余程、自信があるようだ。ふふふ……と、物騒にも凶面を作って笑っているシュウに、嫌な予感を覚えながらも、啖呵を切った手前引く訳にもいかない。云ったな。マサキはシュウをひと睨みすると、先に冷蔵庫へと向かった。
※ ※ ※
三十分、一本勝負。
マサキが作ったのは、鶏むね肉とザクロとサラダビーンズ、そこに生ハムと胡桃を加えたパワーサラダだった。勿論、レタスとキュウリとトマトも忘れない。ここに、たっぷりの玉葱とクルトン、そしてチーズ入ったスープを付けてどうだとシュウに胸を張る。
「流石は作り慣れているだけはありますね。私の好みをきちんと押さえている」
「当たり前だろ。何年付き合ってると思ってるんだ」
マサキはシュウの前に置かれている皿を覗き込んだ。
揚げ物であるらしい。綺麗に上がったひと口大の丸いボール状の何かは、揚げ物や肉類が好みのマサキに合わせたようだ。
中身が何であるかはわからない。三十分で二品を作り上げようと必死だったマサキは、シュウの動きに目を配っている暇がなかった。だが、あれだけ自信満々な様子だったのだ。ただの揚げ物でないのは間違いなかった。
「交換して実食といきましょう」
そう云って、カウンターの上の料理を入れ替えたシュウに、マサキは早速とフォークを揚げ物に突き刺した。そうして少し時間が経ったことで、食べ易い温度になっている揚げ物を口の中に放り込んだ。
「何だ、これ。何を揚げたのかわからねえが、滅茶苦茶美味いぞ」
「あなたはきっと美味しいと云ってくれると思っていましたよ、マサキ」
マサキの反応を見たことで満足したのだろう。シュウもまた目の前の料理にフォークを差し入れる。
「いつものあなたの料理の味ですね。私が大好きな」
柔らかな微笑みを浮かべたシュウが、続けてスープに口を付ける。これも美味しいですよ。そう続けた彼に、思惑通りでありながら、マサキは落ち着かない気分でいた。
「なあ、これ何を揚げたんだ? 知ってる味な筈なのに、何かさっぱりわからねえ」
その気持ちのまま、耐え切れずにシュウに尋ねてみれば、彼はマサキのその反応こそを待っていたようだ。ゆっくりとスープを咀嚼してから、勿体ぶった様子で言葉を継ぐ。
「じゃがりこです」
「じゃがりこぉ!? お前、そんなもん冷蔵庫に隠してやがったのかよ!」
そう云われれば、このジャンクな味わいは、地上で良く口にしたスナック菓子に似ているように思える。マサキはもうひと口、揚げ物を口の中に放り込んだ。サラダ風味のスナック菓子の味。チーズが加えられているが、紛れもない。じゃがりこだ。
「狡くないか」
「家主の特権です」
「どこに隠してやがった」
「冷凍庫の中に」
何だよ、もう。マサキは自棄になりながら、揚げ物を完食した。
その最中にシュウにレシピを尋ねたところ、温めた牛乳でふやかしたやがりこに、溶けたチーズを加えて捏ね合わせものを揚げただけだという。
「動画がバズっていたのを見たので、試しに作ってみたのですよ。あなたが気に入りそうな味だったので、この機会にと思いまして」
如何でしたか? 続けて悪戯めいた笑みを浮かべながら尋ねてきたシュウに、懐かしくて泣けそうだ。そう云いながら、マサキは彼に抱き付いていった。
※ ※ ※
勝敗が明瞭りとしないまま終わった動画だったが、最早その程度のことはどうでも良くなったようだ。声にならない書き込みが増えるコメント欄。ちゃっかりマサキが抱き着いてきたところを動画に組み込んだシュウに、まあ、いいけどよ。と、マサキは素っ気ない振りをしながらも、赤く染まる頬を抑えられずにいた。