続・140字SSにチャレンジした記録 - 7/10

 不意に零れた涙だった。
 街の片隅にある小さな公園で、無邪気に遊んでいる子供たちの姿が目に入ったその瞬間。マサキの脳裏に戦時中の光景がフラッシュバックした。
 食料の配給を受けるといった最低限の用事でしか市民が出歩くことのない厳戒態勢の街。命懸けで通りを歩く人々の中に、子どもの姿を見かけることはまずなかった。稀に、そう稀に、親代わりに重い荷物を背負って歩くのを見かけたぐらいだ。
 当然、遊び回る子どもたちなど目に出来る筈もない。
 それが今ではのびのびと、何を気にするでもなく、公園で遊び回るまでになっている。
 取り戻されたラングランの秩序。あれから充分に時は過ぎ、その有難みをマサキは何度も噛み締めてきたつもりだ。それなのに、伝い落ちる涙。頬に当たる風がその感触を幾度となく知らせてきても、マサキは自らの涙を拭えずにいた。
 それがベンチの隣に座している男の目に、どう映ったのかはわからない。けれども、さして時間も経たぬ内にマサキの異変に気付いたらしい男は、自らの肩にマサキの頭を引き寄せると、ひと言も発することなく。ただ穏やかにマサキの髪を撫でてきた。
 ――嗚呼。もう、いいのだ。
 揺るぎない日常。自らが築き上げた平和が恒久的に続いているのを、マサキはこの目でしかと見た。
 マサキにとって守るべき世界とは、国家がひしめき合う巨大な大陸にはないのだ。
 それは子どもたちが遊び回る公園であったし、夕餉の匂いが漂う街角であったし、老人たちが早朝の散歩を愉しむ遊歩道でもあった。サーカスがテントを張る広場であったし、威勢のいい主人の声が響く商店街であったし、今は亡き人々との思い出が詰まった王宮でもあった……。
 だからマサキは呟いた。幸せだ。そして、涙のおさまった瞳で今一度、溢れんばかりの笑顔を浮かべている子どもたちを見た。
 背中に翼が生えているかのような軽やかさで、公園内を駆け抜けてゆく子どもたち。幸せだ。繰り返したマサキに、勿論ですよ。深く頷いてみせた男が、膝の上に開いたままだった本を閉じる。
「あれこそがあなたが守った世界。ありふれた日常ですよ、マサキ」
 マサキが見上げた先には、これ以上となく満ち足りた表情がある。ああ。マサキは悟った。自分は大切なものを隣に置けるこの日常こそを守りたかったのだ――と。

幸せを感じる瞬間
マサキは頭を撫でられた時に幸せだなと感じました。
この人しかいないと思っています。