続々・140字SSにチャレンジした記録 - 8/9

愛でなく

 上り詰めた身体が、静かに鎮まってゆく。
 思うがままに弄んだ身体の、日を追う毎に感度を増してゆく様。過ごした月日を感じさせる変化がシュウには愛おしく感じられて、果てた身体に再び愛撫を仕掛けようとしたものの、マサキはそういった気分ではないようだ。
 シーツに頬を埋めている横顔が小さく呟く。「もう、嫌だ」何故、と問えば、思いがけない言葉が返る。「だってこんなの、愛じゃない」

いつの日か

 結婚。と、シュウは今しがた耳にした言葉を口にして繰り返していた。お前だって今のままでいい筈がないだろ。だから、あいつらと……と、話を続けようとするマサキの言葉を封じたいが為に、反射的にシュウはその腕を取っていた。
 そのまま、自らの腕の中へと引き込む。自分に想いを寄せる女性たちとの結婚を決意したとは思えない素直さで、シュウの腕の中に収まったマサキは、きっとシュウの表情に思う所が出来たのだろう。嘘だよ。と寂し気に笑った。

最初から最後まで

 最後の我儘ですよ、マサキ。モニターの向こう側でそう云ったシュウの顔は、血に塗れていた。傍目にももう駄目だとわかる。
 既に自軍の他の機体は戦域離脱を果たしている。残されているのはマサキとシュウだけだった。泉が湧くように後から後から増援が湧いて出る敵軍に、一度体制を立て直す。そう決めて自軍を撤退させている最中の出来事だった。
「最初から最後まで我儘な奴だったな、お前は……」
 計器類が滲んで良く見えない。撤退か死か。マサキは物云わなくなったシュウの顔を涙を湛えた目で凝視みつめながら、きっとお前は怒るだろうな。そう呟いてサイバスターを、押し寄せる敵機の群れの中へと突っ込ませていった。

すき。

 瞬時に展開されるホログラフィック・ディスプレイ。シュウの手によって、流れるように打ち込まれるコマンドが、幾つものデータウィンドウとなって、次々とふたりの周囲に並ぶ。
 ――あなたが必要としているルザック州の軍事力に関するデータは以上ですね。注目すべきは駐屯兵の数でしょうか……
 そして十何枚となったウィンドウから、シュウが即座に傾向を読み取る……彼にとっては当たり前でも、マサキには到底出来ない芸当だ。好きだなあ。自然とマサキの口を衝く言葉。何が、です? と怪訝な表情のシュウに、重ねてマサキは云った。お前のそういうところ、好きだな。

夏空

 夏を迎えて深みを増した青空を見上げて、削り出された氷のような雲に手を伸ばす。かき氷が食いてえ。マサキがそう呟くと、あんな巨大なかき氷にかけるシロップもないでしょう。マサキの妄想に気が付いていたらしいシュウが云った。
 ミンミンとやかましいセミの鳴き声。夏だな。額から滴り落ちる汗。対して、涼やかな表情のシュウの額には、一粒の汗も浮かんではいない。それでも暑さに気になるところがあるのか。彼はハイネックのシャツの襟元を正しながら、あなたの季節ですね、マサキ。どこか嬉しそうな調子で言葉を継いだ。

全部全部、あなたのせい。

「お前、変わったよな。本当に」
 或る時、マサキが空を見上げながらそう云った。
「確かに――」
 と、シュウもまた空を見上げて笑った。
 誰のことも考えず、自分ひとりの為に生きてきた。他人は利用し、踏み躙るもの。そう覚悟を決めて生きていた筈だったシュウは、いつしかその身勝手な生き方を改めてしまっていた。そう、誰かがこうして傍にいるのを許せるまでに……。
 それもこれも全て諦めの悪いこの少年の所為だ。
 マサキが心折れることなくシュウを追い続けてくれたからこそ、シュウはかつての自分を取り戻すことが出来た。責任を取っていただかないとね。そう呟くと、聞こえなかったのだろう。何だよ? とマサキがシュウを振り返った。

全部全部お前のせい。

「全部、お前の所為じゃねえかよ」
 自らの扱いに不満を感じているらしいことは、薄々勘付いていた。それでも、その鬱屈した感情をこういった形で爆発させるなど、シュウは考えてもいなかった。
「俺を変えたのは誰だ」
 それはシュウの方こそ云いたい台詞だった。
 長い冬だった。世界は蹂躙するものでしかなかったシュウにとって、マサキの存在はどれだけ自分を変えてしまったことか。止まっていた時間が流れ、凍った心が溶け、世界が光に溢れ出したあの瞬間のことを、シュウは今でも鮮明に思い出せる。
「知らなかったんだよ。誰かのことを考えるだけで、こんなに胸が苦しくなるなんて」
 シュウの胸を叩いていた手が、縋るように。その衣服を掴んだ。そしてひっそりと。声を殺して泣きながらマサキは云うのだ。全部、全部、お前の所為だ――と。

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