YOUTUBER白河 シュウマサカップルチャンネル編 - 9/10

(九)

 マサキは今、ソファにシュウとふたりで並んで座っている。
 当然ながら、テーブルを挟んだ正面にはアクションカメラGoProがある。だからといって、いつかの動画のようにふたりの日常を垂れ流す訳ではない。何でもシュウ曰く、今回はこれまで動画に寄せられたコメントに返信をするのだそうだ。
 今日は私も顔を出しますよ。そう云ってマサキの隣に腰を落ち着けたシュウは、日頃の穏やかな態度とは裏腹に、気に食わないコメントとは熾烈なレスバを繰り広げる男でもあった。そういった彼が果たしてこの企画を穏便に済ませたものか――撮影者であるが故に滅多に動画に顔を出すことのない彼が、堂々と自分の隣に座っているのに落ち着かなさと不安を感じながら、で? と、マサキはシュウの横顔を見上げて尋ねた。
「コメントに返事をするって、どうするんだ? もう一部だけ拾い上げてめでたしめでたしって量じゃねえぞ、あれ」
 ひとつ動画を上げれば数千単位でコメントが付くカップルチャンネル。登録者数はもうじき百万人を数えるというところまできている。
 さしものシュウであっても、その中から動画ウケするような面白いコメントを拾い上げるのは難しいだろう。そう思ってのことだったが、シュウの目的はそういったものではなかったようだ。
「似たようなコメントが結構ありますからね。視聴者が特に知りたいことに答えるのも動画主の役目と思いましたので、今回はそういったコメントを選びました」
「成程。それなら妙なことにはならないか」
 少なくともレスバをする為に企画を立てたのではなさそうだ。ほっと安堵の息を吐いたマサキに、シュウが苦笑しきりで言葉を継ぐ。
「あなたはことインターネットのこととなると、私を信用してくれなくなりますね」
「当たり前だ」
 マサキの知らないところで活動範囲を広げている男は、現実世界に限らず、仮想空間にも知り合いが多いようだ。それ自体は結構なことだが、我が道をゆくトラブルメイカーである。耳に挟んだだけでも十三回ばかし殺人予告を受けているらしいシュウは、間違いなくわかっていて相手を挑発しているに違いなかった。
 ――こいつを敵に回さざるを得なくなった相手には同情しかねえ。
 とはいえ、今日のシュウは純粋にコメント返しをするつもりであるようだ。シュウの言葉から、そういった物騒な展開にならないことを覚ったマサキは、安心して彼が手にしている紙束を覗き込んだ。
 恐らく、そこに今日回答するコメントが書かれているのだろう。そう考えてのことだったが、その予想は外れていなかったようだ。いかにも視聴者が書きそうなコメントが印刷された紙束。きっとシュウのことだ。真面目に統計を取って、必要なコメントを抜き出したに違いない。
「では、始めましょうか、マサキ」
 マサキの視線から紙束を隠したシュウが、にこやかに企画の始まりを宣言する。仕方なしにマサキは顔をアクションカメラGoPro向けた。続けてシュウが紙束に書かれているコメントを読み上げ始める。

『ところで実際ふたりの仲はどうなんです? ビジネス夫夫?』

「ビジネス夫夫って何だ?」
「仕事の時だけ仲良くしていることですね」
「んな筈あるかよ。お前らこの距離感、ビジネスで出来ると思ってやがるのか」
「それは確かに」

『いつダブルの部屋に泊まってくれますか』

「百万人を達成したら、ですかね」
「云っとくが寝てるところは流さねえぞ」
「それ以外のシーンは撮ってもいいということですか」
「旅行を撮影されるの、あんま好きじゃねえんだがな……」

『手数料を取られない投げ銭がしたいので、何とかして!』

「別に金に困ってねえしな……手数料ぐらいくれてやれよ」
「私も困ってはいませんしね……」

『グッズを作る気はありませんか』

「そのグッズを使って何する気だよ?」
「ただのカップルチャンネルですので、グッズは流石に」
「お前の口からカップルチャンネルとかって聞くと、破壊力すげぇな」
「とはいえ、私はあなたのグッズでしたら欲しいですがね」
「絶対に作るなよ! お前、俺に内緒であれこれやってるの知ってるんだからな!」

『投稿頻度を上げて!』

「それをすると、マサキとふたりで過ごす時間が減ってしまうので……」
「俺もこれ以上、見世物にされるのはちょっとな……」

『ファンイベントの予定はないですか』

「お前ら、俺たちを何だと思ってるんだよ。日常系だぞ?」
「幾ら視聴者あってのチャンネルとはいえ、流石に生のマサキを皆さんには見せたくはないですね」
「お前さあ、時々強火になるのなんなんだよ」
「彼氏ですので」

『ゆっくりでいいので一生チャンネル続けてください!』

「おっさんになった俺らとか見たいのかね」
「案外ウケるかも知れませんよ」
「精々三十ぐらいまでじゃねえか?」
「取り敢えず結婚式を流すまでは続けたいですね」
「嫌だ」
「そう仰らず」
「絶対、嫌だ」

 と、のんびりとコメントに答えること三十分ほど。こういった動画のどこが面白いのだろうとマサキが思い始めたところで、質問系のコメントが尽きたようだ。今日はここまでにしておきましょう。と、シュウが動画を締めた。
「これって見てる方は面白いんかね?」
「さあ」
「わからないのにやるのかよ」
「やってみたかったので」
 そう云って、シュウがアクションカメラGoProを止めるべくソファを立つ。
 ウケるかどうかは二の次。やってみたかったという動機が如何にもシュウらしい。そう思いながら、マサキがシュウを眺めていると、アクションカメラGoProの後に立ったシュウが、彼にしては殊勝にも映るぐらいに穏やかにひとこと。
「ですが、マサキ。あなたの本音が聞けて嬉しかったですよ」
 そして彼の口元に浮かぶ笑み。見惚れるほどに艶やかなその笑顔に、マサキは少しばかりの気恥ずかしさを感じながらも、目を離すことが出来ずに。
 結局のところ、この男は視聴者の数だのウケだのはどうでもよく、ただマサキを見せびらかせたいだけなのだ。
「馬鹿じゃねえの」
 ソファに戻ってきたシュウは、だからといってマサキにみだりに触ってくるような真似をするでもなく。
 いつもと同じように読書を始めたシュウに物足りなさを感じつつも、何だと云いつつ彼の道楽に自分が付き合い続けているのは、もしかすると自分も同じような気持ちであるからかも知れないと、その隣でテレビのリモコンに手を伸ばしながら、何とはなしにマサキは思ったのだった。

 ※ ※ ※

 レスが返ってくるとは思っていなかったようだ。喜びに満ち溢れるコメント欄。視聴者たちはビジネス夫夫説をマサキが否定するとは思っていなかったらしく、『結婚式が見られる日を楽しみにしてます!』というシンプルなコメントに二万近くものいいねがつくことになった。
 こうした人生のイベントを経てゆく自分たちと一緒に、彼女らもまた年齢を重ねてゆくのだろう。
 そう考えると、三十歳といわず、カップルチャンネルを続けてもいいような気分になる。彼女らにとってシュウとマサキは、動画を通じてではあるものの、立派に身近に存在している幸福なカップルだ。自分の人生を重ねて見ている視聴者もいることだろう。
 尤も、不埒な考えて抱いている視聴者の方が圧倒的に目立ってはいたが。
 けれどもそうした見守り系の視聴者たちがいるからこそ、マサキはシュウとの関係を公にすることを怖れずに済んでいるのだ。こいつら俺が思ってるよりも凄えよなあ。彼女らが残したコメントを眺めながら、マサキはつくづくそう感じられずにいられなかった。