ある寒い日のふたり

 寒い。口にするなり、身体を縮こまらせたマサキがぶるりと震えた。
 それはそうでしょうね。シュウは急激に冷えた空気に空を見上げた。一時間ほど前まで晴れ渡っていた空は、それをなかったものとするかのように厚い雲で覆われている。
「天気予報を見なかったのですか。今日の午後には寒波が訪れると云っていた筈ですが」
 ほぼ確実に当たるラングランの預言システムが告げた今日の天気は晴れのち曇り。午後には上空に入り込む寒気が急激に気温を下げる予報だった。
 温暖な気候が当たり前のラングランでも、時には天気が乱れることがある。召喚されたてでもあるまいし、いい加減に慣れてもいいものだが、マサキにとってその程度の乱れはむしろ不測の事態であるらしかった。
 見てねえよ。シュウの問いにそう答えたマサキは、ラングランの天気に乱れが生じる可能性を微塵も考慮していなかったのだろう。いつも通りの着たきり雀。皮のブーツにジーンズの下半身はともかくとして、上半身は半袖のTシャツに袖を折ったジャケットである。これで寒さを感じない方がおかしい。シュウは露出しているマサキの腕をそうっと覗き込んだ。まだらに浮かぶ鳥肌。どうやら相当に身体が冷えているようだ。
「お前がコートを用意していた理由がわかった」
「私だけではありませんがね」
 街の雑踏。過ぎゆく人々は、誰しもが用意していた上着を羽織っている。預言を元にした天気予報システムの正確性は、市井の民衆にも理解が行き届いているのだ。それだのに。
 おかしいとは思ってたんだよ。愚痴たマサキに、仕方がありませんね――と、シュウはその手を取った。そして、半身を広げたコートの中に彼を導いた。
「やめろよ。人の目があるのに」
「あなたが風邪を引く方が問題でしょうに」
「だからって」
 口ではああだこうだ云う割には、温みには勝てないようだ。大人しくコートの中に収まっているマサキに、シュウは口元を緩ませた。こんなに冷えて。そう声をかけてやりながら、彼の腕と手を摩ってやる。
「どう見えるのかね、俺とお前」
「さあ。それを知りたかったら、そこを往く方々に訊いてみては如何です」
「返事によっちゃ死ぬな」
 照れ屋のマサキは、衆目の下でシュウと触れ合うのを避けた。肩を寄せ合うのですら嫌がって距離を取る。それが寒さに負けたとはいえ、こうしてコートの中で身を寄せている。本当に? シュウはだからマサキに尋ねた。彼がシュウとの距離を詰めたがらないのは、他人の好機の視線に晒されるのが怖いだけなのかと。
「死ぬは云い過ぎだな。でも眩暈は起こす」
「私はあなたにあまり好かれていないようですね」
「それとこれは話が別だ」
 ぱふ。と、マサキの頭がシュウの肩に乗ってくる。どうやらシュウの機嫌を損ねたのではないかと思ったようだ。続けて顔を上げてきたかと思うと、甘えたような視線を投げてくる。わかり易い――シュウは声を潜めて笑った。
「寒い。どっか入ろうぜ」
「私はこのままでもいいのですが」
「俺が嫌なんだよ。羞恥に殺される」
「その割には素直ですね」
「寒いからに決まってるだろ。後でひとりで悶えるヤツだぞ、これ」
 シュウはマサキの手を握った。そうして指を絡めつつ、ポケットの中へとその手を導いてゆく。
 本気で死ぬな。マサキが困った風に目を瞬かせる。男ふたりが密着して暖を取り合っている構図を想像して耐え難くなったようだ。それでもコートの中から出ていかない。なあ、本当にどっか入ろうぜ。上目遣いでねだってくるマサキに、わかりました。シュウは頷いて、通りの向かい側にある喫茶店へと足を向けた。