遠からず口論になるとは、テュッティも思っていたのだ。
「だったらお前が手本を見せろよ」
「そういう話をしているのではないでしょう。きちんと作戦を立てろと云っているのですよ」
いつまでも埒が明かない状況に業を煮やしたのだろう。物量作戦に出ようとしたマサキに、ついに我慢が限界を迎えたようだ。作戦を立て直してはいかがですか。それまで黙って成り行きを見守っていたシュウが口を挟んだ。
「はぁ? ぶるってんのか? 偉そうに口を挟んできた割には小心じゃねえか」
口火を切ったのはマサキの方だった。
不敵に笑ってみせると、挑発的に言葉を吐く。それが癇に障ったらしい。シュウの眉間に深く皺が刻まれる。
「あなたこそ、猪突猛進もいい加減にするのですね。こういったものは計画性が大事なのですよ。闇雲に撃っても標的は墜ちはしない。どこに当て、どこの力を削ぐのかが重要なのでしょうに。一体、今までの戦いから何を学んできたのやら」
小馬鹿にした口調。他人が相手であれば冷静に対応してみせる男は、マサキが相手だと途端にそのポーカーフェイスを崩す。いやになっちゃう。テュッティは目の前で繰り広げられる口論に、何故か当てられているような気分になった。
まるで小学生の喧嘩だ。
好意がある相手を弄らずにいられない。シュウの態度はそうした幼さによく似ている。
きっと、幼少期に教団に捕えられてしまったことも関係しているのだ。大事な成長期に、真っ当な人間関係を構築してこられなかったシュウ。彼はだからこそ、他人に対して距離を置き、そしてだからこそ、マサキに対して気の置けない態度をしてみせる。
けれどもマサキはそうしたシュウの変化に気付いていないようだ。尤もらしい台詞を吐いた彼に説得されるどころか、反発心を煽られたらしい。冷ややかな視線をシュウに向ける。
「はっ! 腕に自信がないなら最初からそう云いやがれ」
「その言葉はそっくりそのままあなたにお返ししますよ、マサキ。二度もチャンスを逃したのはどなたでしょうね」
その言葉はマサキの急所を突いたようだ。苦虫を噛み潰したような表情になったマサキが、憮然と言葉を吐く。
「偶々手元が狂っただけだ」
「一度目は偶然で済むでしょうが、二度目ともなれば必然ですよ。つまり二度の失敗はあなた自身の腕の」
「あーもううっせえな! 高々射的じゃねえか! 好きにやらせろよ!」
ついに癇癪を起こしたマサキに、テュッティは呆れずにいられなかった。
「あなたたち、本当に仲がいいわねえ」
瞬間、マサキとシュウが同時にテュッティを振り返った。かと思うと、口々に反意を唱える。
「どこがだ! 今までの遣り取りのどこに仲良く見える要素があるんだよ!」
「悪ふざけにも限度がありますよ、テュッティ=ノールバック」
軍の駐留地に立ち寄って、様子を見てくるだけの簡単な任務だった。その帰りにふらりと立ち寄った街。大通りの目立つ場所に建っている射的の店を見付けたマサキは、そこに並んでいる景品のひとつに心を奪われたようだ。
小花があしらわれたペンダント。プレシアへの土産にいいなと思ったらしい。
そこにシュウが通りがかった。どういった用件でこの街に彼がいるのかはさておき、趣味と実益を兼ねて射的に取り組んでいるマサキの姿は彼の好奇心を刺激したようだ。背後に陣取ったかと思うと、その様子を注視し始めた。
傍にテュッティがいるのにも関わらず、挨拶もなく――である。
――それは私でなくとも勘繰るわよ。
リューネやウエンディからシュウの怪しさについて日頃から聞かされているテュッテとしては、彼の不審な行動に鈍感ではいられなかった。とはいえそこを詮索した結果、シュウに機嫌を損ねられては厄介だ。
何せ彼は痛烈な皮肉屋である。口を挟んだ結果、厄介な事態になるのは、さしもテュッティであっても避けたいところだった。
だからテュッティは、シュウに自分から話し掛けるような真似はせず、ただ黙ってその様子を窺うに留めていたのだが。
「だってマサキも云った通り、高々射的じゃないの。それをそこまでムキになって喧嘩出来るなんて。あなたたち似た者同士にも限度があるんじゃない?」
「はあ? 俺とこいつが似た者同士? こんなすかした奴と一緒にすんなよ!」
「私としてもこんな短絡的な人間と一緒にはされたくないのですがね」
「そういうところじゃないの」
テュッティは再び溜息を吐いた。
喧嘩するほど仲がいいとはよく云ったものだが、まさしくそれだ。マサキとシュウの口論は、彼らなりの親しさの表れであるように映る。気が置けるから云い合える。けれども、素直になるのは受け入れ難い。そういった感情があのシュウをして、そしてマサキをして、こうも頑なに意地を張らせているのだと……。
「ムキになるところとか、本当にそっくりよ。あなたたち」
マサキとシュウ。
シュウとマサキ。
不思議な縁で結ばれたふたりは、もしかすると自分の気持ちに気付いていないのかも知れない。
「認める気がないならそれでもいいけど、いつか逃した魚が大きいと思っても私は知らないわよ」
テュッティはふたりをけしかけるように言葉を吐いた。そうして彼らの顔を交互に見詰めた。きょとんした表情を浮かべたマサキの隣で、シュウが何かを思案するような表情を浮かべている。
「ねえマサキ。お姉さん、パフェが食べたくなっちゃったなあ」
「何だよ、いきなり」
「マサキは射的をしてていいのよ? 私はその辺りの店でパフェを食べてくるわ。だってこの調子だと標的を落とすのに、まだまだ時間がかかりそうだし。のんびりしてくるから、シュウと戦略性についてじっくりと話し合ったら?」
だからテュッティはその場を離れることにしたのだ。
悲劇の大公子が、いつかその手に幸せを掴み取れるように。