鮮血が滴り落ちてきそうなまでに紅い月を眺めながら、窓辺に凭れてひとりきり。シュウは地底世界をともに去ることになったマサキのことを考えていた。
旧元老議会系の議員たちは、立憲君主制となった現在のラングランでも、一定の影響力を議会に対して有している。その彼らが魔装機神という存在に強い不快感を示した以上、こうなることは避けられない運命でだったのだろう。
恐らく、魔装機神とその操者たちは力を持ち過ぎてしまったのだ。
人は共通の敵を生み出すことでその繋がりを強固にする生き物だ。神聖ラングラン帝国において、それはバゴニアやシュテドニアスといった周辺国家であっただろう。もしくはルオゾールであり、破壊神サーヴァ=ヴォルクルスであり、闇に堕ちた大公子たるシュウでもあっただろう。いずれにせよ、そうした共通の敵の存在こそが、ラ・ギアス最大国家の面子を強力に保たせていたのに違いはない。
だからこそ魔装機神は神聖ラングラン帝国に生れ落ちた。
その結果、ひとつ、またひとつと敵を失っていったラングランは、面子という強固な鎧を剥がされていったのだ。
融和する世界。魔装機神が積み重ねていった平和は、近隣諸国の態度を軟化させた。それは決して明るい未来を意味しなかった。国家制度の崩壊。神聖ラングラン帝国は終わりの時への道程を歩み始めていた。
だからこそ、帝国は更なる敵を求めた。
かつてラ・ギアス世界の覇者だった彼ら。人間を捻り潰せるほどの身の丈を誇った巨人族。彼らは滅びの時を迎えた後も思念体となって世に残り、度々神を騙って現世に顕現してみせては、幾度もラ・ギアスの大陸に災厄を振り撒いてみせたものだ。
サーヴァ=ヴォルクルスもそのひとり。
ラ・ギアスが三柱神に数えられる破壊神は、けれども地上にて語り継がれている神話という御伽噺に出てくるような善悪の二面性を持つ存在ではなかった。混じりけのない邪悪。人間とともに歩んでこなかった巨人族は、人の世を支える為には存在し得ないのだ。それは創造神ギゾース=グラギオスや調和神ルザムノ=ラスフィトートの在り方からしても明らかであった。
殺戮にこそが慈愛。
彼らの存在こそ、ラングランが国家として在り続ける為に必要な共通の敵。最後の希望であったことだろう。しかしそれさえも魔装機神は打ち砕いてみせた。そうである以上、魔装機神が共通の敵に成り上がるのは時間の問題だった。旧元老議会系の議員たちが強い不快感を示すのも尤もである。
――憎々しい。
自らの頭の回り具合が、シュウには忌まわしいものに感じられることが多々あった。見えなくともいいものが見えてしまう。そうでなくとも、科学者として、或いは元王族として、多方面に人脈を持つシュウの元には実に様々な情報が集まってきたものだ。それらを繋げて世界を俯瞰すれば、点と点が結び付くのも時間の問題。シュウは自然と世界の裏側を識る観測者となっていった。
そう、だからこそシュウもまたラングランの外敵と見做されたのだ。そしてだからこそ、マサキたちとともにラ・ギアス世界を放逐されるに至った――……
地上世界に強い人脈を持つシュウは、身を寄せる場所には困らなかったものの、さりとて生まれ育った世界からこうも容易く手のひらを返されて、それを物分かり良く受け入れられるほどにお人好しではなかった。一度に限らず二度、三度。裏切られては実力で捻じ伏せてきた世界。シュウはまた戦わなければならない立場に立たされている。
ましてやマサキたちにとっては、縁もゆかりもなかった世界なのだ。
彼の胸中を思えばこそ、シュウの胸には苛烈な炎が灯ったものだ。このままでは終われない。シュウが誓いを新たにしたその瞬間、カチャリ、と玄関ドアが開く音が響いた。ああ、寒い。云いながらマサキが部屋に上がり込んでくる。そして手にしているコンビニの袋をシュウに差し出して、肉まん。と笑った。
「お前は流石に食ったことないだろ。一緒に食おうぜ」
もっといい住まいを提供出来ると云われたのを断って、マサキとふたりで身を置くことにした安アパート。全てはここから始まるのだ。ええ、マサキ。シュウは努めて柔らかく微笑みながら、コンビニの袋を受け取った。
幻想狂気な小説お題ったー
シュウマサで、禍々しい赤い月が照らす窓辺で、大切な人を想いながらこの世の全てを恨んでいる場面が出てくるお話を書いてみませんか?