さよならだけの人生

「見送りはここまでで結構です。マサキ殿」
「そうか。向こうに行っても元気でやれよ」
「一日も早い戦争の終結を願っております。マサキ殿もお元気で」
 ひとりの乗組員クルーが艦を下りた。
 補給に立ち寄った街では出会いと別れが交差する。補充人員として艦に新たに乗り込んでくる乗組員クルーたちに、配置換えで艦を下りる乗組員クルーたち。戦時に於いては当たり前の光景とはいえ、長くともに戦ってきた仲間たちには違いない。一抹の寂しさを感じながらマサキは彼らを見送り、そして新たな仲間を迎え入れた。
 尤も、彼はそういった軍の都合で艦を下りるのではなかった。今日付けで軍を去ることとなった彼は、これから戦禍で運行に支障が出ている公共の交通機関を利用して、いつ辿り着けるかも知れない故郷に帰るのだという。
 街の雑踏の中へと、次第に小さくなる背中を見送りながら、マサキは彼の旅の無事を願わずにいられなかった。
「彼はどうして除隊を」
 優秀な通信兵でもあった彼に戦場で世話になった操縦者パイロットは数多い。名前は知らなくとも顔は見知っている。そういった操縦者パイロットのひとりであるのだろう。いつの間にかマサキの背後に居場所を定めていたシュウに、お前、気配を殺して人の背後に立つその癖を改めろよ。マサキは先ずそう言葉を吐いてから、
故郷くにに帰るんだとよ。戦争で父親が重傷を負ったらしくてな」
「家族の側にいてやりたいと? あれだけの腕を持っていながら勿体ない。彼がいたからこそ通信妨害ジャミングの激しい戦場であっても、艦とスムーズに意思疎通を行うことが出来ていたのですがね」
「実家が地域じゃ有名なスーパーマーケットらしい」
「成程。地域住民への生活物資の補給を担っている――と」
 そう。マサキは深く頷いた。
 彼の実家があるナムダラは、人口5万人程度の小さな街ではあったものの、国の主要都市に続く道が複数開かれていることもあって、交通の拠点として狙われ易いとのことだった。特にここ一か月は攻撃が激しく、住民たちも武器を手に、敵軍と戦いを繰り広げているようだ。
「太い仕入れルートを持っている店が他にないらしくてな。定期的に商品が入ってくるのがそこのスーパーだけなんだと。だから……まあ、苦渋の決断だったみたいだぜ」
「それが戦争であると理解していても、日常的に顔を合わせていた人間との別れは寂しいものでありますね。これが彼との今生の別れにならないことを願うばかりですよ」
 恐らく、今回の戦争が終わっても、彼は直ぐには軍には戻ってこないだろう。マサキは彼との別れの挨拶を噛み締めた。一日も早い戦争の終結を。そして改めて、自らがこの場に立っている意味を振り返った。
 戦争は様々に人の人生を狂わせる。その悲劇を食い止める為に戦うのも、マサキたち戦う力を持った者たちパイロットの務めであるのだ。
「そうは云っても、出会いと別れなんざ日常的なもんだろ。戦時中は特にな……」
 昨日の敵は今日の友。今日の友は明日の敵。裏切りと共闘が日常の戦場にあっては、一兵卒の去就など五分も持たない話題でもある。いつか彼の記憶も薄れてゆくのだろう。マサキは今まで繰り返してきた出会いと別れを思い出してみようとしてみたが、その大半を忘却している事実に気付いて目を伏せた。
 目まぐるしく過ぎてゆく日々にあっては仕方のないことであるとはいえ、ともに死線を潜り抜けた仲間たちのことだ。せめて顔ぐらいは覚えていてやるべきであるだろう。だのに思い出せない記憶の数々。マサキは自らが非情な人間になってしまったように感じられてならなかった。
「いつか、てめえとも別れる日が来るんだろうな」
 シュウはマサキを通り越して、その背後に広がる街の雑踏を見詰めている。
「さよならって挨拶をしたきり、二度と顔を合わせなくなる日が――」
「それはどちらの意味で、です」
 簡単には命を落とすものかという覚悟が窺える強い口調。シュウ=シラカワという男は、何事にも執着していないように見えて、誰よりも生に執着している。だからこその非難。
 それに対して、マサキは精一杯の笑顔を浮かべてみせた。
「俺は自分が長生き出来るとは思ってねえよ」
 そうしてシュウの肩を軽く叩き、行こうぜ。マサキは艦に戻る道を歩き始めた。

ワンドロ&ワンライお題ったー
kyoへの今日のワンドロ/ワンライお題は【さよなら】です。