どんがらがっしゃーん――と、まるで漫画の擬音のような破壊音が辺りに響き渡ったのは、あるうららかな春の日の昼下がりのことだった。
「あー、うるせえうるせえ! 本当にお前はつまらねえことを愚痴々々と!」
続けて耳に飛び込んできた主人の不機嫌な声に、リビングのソファの上で惰眠を貪っていた二匹の使い魔が顔を上げる。けれども今回の戦場は残念ながらリビングではなく書斎である。天井の梁の上で部屋に流れるラジオを聴いていたチカは、ふわりと二匹の間に舞い降りて、「そろそろ癇癪を起こす頃だと思ってはいたんですよ」自分でも嫌な性格をしていると思いながらいっひっひと笑った。
「何で止めニャかったんだニャ」
「そうニャのよ。ニャがくニャると面倒ニャのに」
「そりゃ当然、面白いからに決まってるじゃないですか!」二匹の使い魔の間から羽ばたいたチカは、宙をぐるぐると回りながらがなり立てた。「二ヶ月振り、通算十五回目の痴話喧嘩! 今回の原因はご主人様が『長逗留になるなら、ちゃんとトレーニングをしなさい』とマサキさんをせっついた所為ですよ!」
「いつものことニャんだニャ」
「良く飽きニャいのね」
早くも主人の乱心に興味を失いつつある二匹にの使い魔が、盛大に欠伸を洩らす。そのまま丸くなって惰眠の続きを貪ろうとし始める二匹に、退屈を持て余していたチカは急降下。交互に頭を突いた。
「毎度思うんですけど、もうちょっと色気のある理由で喧嘩をすればいいのに。そう、ロマンス! ロマンスが足りない! 口を開けば魔装機操者の心構えがどうたらこうたら。我が主人ながら面白味がない!」
「そりゃ、マサキはそういった意味では朴念仁ニャんだし」
「他の人間に色目を使うより先に、他人の好意に気付いてニャいのよ」
「シュウだって、あれじゃ嫉妬のしようもニャいんだニャ」
「マサキに人目も憚らずに寄ってくるのは子どもたちぐらいニャのね」
「ああああっ! クッソ面白くない!」チカは盛大に声を上げた。
どういった化学反応の結果であるのか、マサキがシュウと付き合うようになってから早三年半。口の堅いチカの主人はその経緯を決して口にすることはなかったが、このふたり、始まりの時点から、恋人同士というよりは当の立った夫婦のようだった。
ふたりの時間を過ごしていてもどこか素っ気ない。本心をぶつけ合う絶好の機会である痴話喧嘩にしても、相手の心変わりを疑ったなどといった可愛らしい理由ではなく、互いの生活態度を上げつらった結果であるのだから遣る瀬無い。
やれ掃除しろ、洗濯をサボるな、ちゃんとした飯を食え……マサキがそうシュウをせっつけば、ちゃんと剣の稽古をしなさい、筋トレは済みましたか、ストレッチも大事ですよ……シュウも負けじとマサキをせっつく。
その結果が、この阿曽山大噴火である。
癇癪を起こしたマサキが一体何を壊したのか。チカとしてはうっきうきで覗きに行きたいところであるが、こういった時の主人は機嫌が悪いからだろう。チカに対して容赦がない。家から放り出された挙句、宿無しの生活を三日三晩もさせられるのはもう御免である。
だからマサキの二匹の使い魔を道連れにしたかったのだが、こののほほんとした猫型の使い魔二匹は、主人に絶大な信頼を寄せているのか。それとも夫婦喧嘩は犬も食わないを実践しているのか。とんとふたりの喧嘩には興味を持たないのだ。
「なーんか、静かになっちゃいましたね……これはもしや!?」
チカは耳をそばだてた。続く喧嘩の声がさっぱり聞こえてこない。
仲直りに実力行使に出るのは大抵、チカの主人の方であった。そう、それ即ちめくるめくロマンスの世界の到来である。チカは色めきだった。喧嘩するほど仲がいいを地で往くふたり組。もしかすると、このまま夕食時までリビングに姿を現すことはないかも知れない。
「出歯亀はしニャいんだニャ」
「見ニャい振りをするのが優しさニャのね」
こういった時ばかり物分かりがいい二匹の使い魔に、ああもうホントこいつらは! チカは羽根をひと噛みすると、ラジオの続きを聴くべく天井の梁の上へと上がって行った。