ベッドの中に違和感を感じたシュウが、まだ覚めやらぬ頭を押さえながら身体を起こすと、ばっ、と、ブランケットの中からマサキとチカが飛び出してきた。どうせそんなことだろうとは思っていたものの、碌なことしかしでかさない組み合わせ。シュウは脱兎の如く部屋から逃げ出そうとしているひとりと一匹を、待ちなさいと呼び止めた。
「ああ、ご主人様。おはようございます。今日もいい天気にございますね。見てください、あの晴れやかな空。 綿菓子みたいな雲がまた美しいじゃありませんか。こんな素敵な天気の日を家で過ごすなんて勿体ない! 平原を吹き抜ける風は間違いなく気持ちいいですよ。草を撫でるラングランの風! 想像しただけで羽根が悦びに震えるってもんです。ですからご主人様、今日はマサキさんを元に戻す研究はお休みになさって、三人でピクニックと洒落込みませんか!」
「怒りませんから、何をしたのか正直に云いなさい」
チカの言葉をまるっと無視してシュウが言葉を重ねれば、ひい、と、声を上げたチカは抵抗する気が失せたようだ。「これは早くゲロっちゃった方がいいパターンですよ、マサキさん!」などと、マサキの肩にとまって囁きかけている。
今日も今日とて大福餅のような頬にぽよんとした体つき。シュウの実験で起こった爆発に巻き込まれて幼児と化したマサキ=アンドーは、ぱたぱたとシュウの前に進み出てくると、誕生日、とひとこと。
「ああ、これは失礼しました。今日はあなたの誕生日でしたね。ですがそれが私のベッドから出てきたこととどういった関係が」
そこでシュウははたと気付いた。何かが巻き付いている感触。あってはならない場所に感じる違和感に、急ぎブランケットを捲り上げてみれば、赤いリボンが不器用な調子で幾重にも巻き付けられた男性シンボルがある。
マサキ、とシュウはリボンを解きながらその名を呼んだ。のそりとベッドの上ににじり上がってきた身体が、ベッドの中で伸びているシュウの脚の上に乗った。何故、こんなことをしたのです。これで何度目になるかわからないマサキの下半身への悪戯に、シュウは眩暈を起こしながら尋ねた。
中身は元のマサキであった筈なのだ。
それが日々幼さを増していったかと思うと、今ではこの有様。だのに記憶や知識は元のままであるのだから性質が悪い。欲望ばかりが先に立つようになったマサキは、あれこれと我儘を繰り返して口にしてはシュウの手を焼かせている。
「ぷれぜんと」
くいくいと自らを指で指しながら理由を口にしたマサキに、わかっていましたよ。シュウは額を押さえて項垂れた。
「ええ、あなたの考えはわかっていましたとも」
「くれる?」
「あげません。あなたにこれをあげるのは、あなたが元に戻ってからです」
途端に盛大にぶんむくれたマサキの身体をシュウは抱え上げた。近くなった目線。ふたつの団栗眼を覗き込みながら、言葉を継ぐ。
「今日はお子様ランチにしてあげますから、それで我慢なさい」
ぱあっと顔を明るくしたマサキは、規格外の問題を起こそうとも立派な三歳児なのだ。子どもが喜ぶことには即座に食いついてくるマサキ。騒々しくも愛くるしい彼のお陰で、シュウは自らが引き起こした異常事態に対する自責の念に押し潰されずに済んでいる。
「はんばーぐ」
「ええ、勿論ですよ、マサキ」
早速とばかりにお子様ランチの中身へのリクエストを口にしたマサキに、シュウは深く頷いた。
「みーとぼーる」
「肉料理を幾つもというのは栄養的に勧められませんが、今日は誕生日ですからね。特別ですよ、マサキ」
「すぱげてぃ」
「ナポリタンにしますか? それともミートソース?」
マサキの欲望は尽きぬことを知らないようだった。エビフライ、コロッケ、ケチャップライス。フライドポテトにハンバーガー、サンドイッチ。バナナにヨーグルト、パイナップル、リンゴ、キウイ。アイスクリーム。そして大きなケーキ……ありとあらゆるお子様ランチのメニューを口にしたマサキには、まだまだ更なるリクエストがあるようだ。
「私、ですか。マサキ?」
最後にシュウを指差して、くれる? と尋ねてきたマサキに、
「わかりました。今日は研究は休みにしましょう。あなたに一日付き合いますよ、マサキ」
シュウは深く頷いて、破顔したマサキと一緒に、今日のこれからの予定を話し合い始めた。
140字SSお題ったー
kyoさんは【正直に言いなさい】をお題にして、140字以内でSSを書いてください。