うららかな陽気が常に大陸を支配しているラングランでは、そもそも薄手のカーディガンが欲しくなるような肌寒ささえ縁遠い。
精霊たちの恵みのお陰だろうか。それとも中天に座す太陽の力だろうか。それとも、それこそが練金学の英知の結晶なのだろうか……マサキはその理由を知りはしなかったけれども、魔装機操者たる自分が、その陽気に助けられて高いポテンシャルを発揮できていることぐらいはわかっていた。
寒さは身体の自由を奪う。
操者たる己が魔装機を手足のように動かせるのは、この陽気があってこそ。滑らかにコントロールパネルを叩く指先、衝撃に備えて床を踏ん張る足先、曇ることを知らないモニター類。暖気をせずとも心地良く過ごせるコントロールルームは、魔装機の操縦をこれ以上となく易いものにしてくれる。
そんな、いついかなる時でも心地よい気候に恵まれている筈のラングランを、前例を見ない寒波が襲ったのはつい三日ほど前のこと。しかも降雪のおまけつきだ。これでは、いかに練金学の粋を集めて作られた魔装機であっても、動かすのにはかなりの動力が必要になる。
この気候では不埒な考えを持つ者とて悪さもできまい。
セニアに休暇を与えられた魔装機操者たちは、めいめいに自由を謳歌しているようだった。腰まで埋まる雪をものともせず、西へ東へ。元来が自由気ままな風来坊気質な者たちなのだ。ひところにじっとしているのは性分ではないのだろう。
お陰で、日頃来客で賑わうゼオルートの館も静かなもの。だったら、とマサキは重い腰を上げ、自らもまた束の間の休暇を味わうべく、白くけぶる世界の中、魔装機を疾らせたのだった。
※ ※ ※
「魔装機からここまでの短い距離ですら、ジャケットが雪まみれになりやがる。顔中が痛くて堪らねえ。ラングランに流通してる防寒具は、これだけの降雪を想定してないんだろうな」
「十数年に一度降ればいい方ですからね。滅多に起こらない事態にまで備えておくのは、コスト的に難しい面もあるのでしょう」
すきま風が入り込みそうなぐらいに古ぼけたログハウス。この天候にも関わらずの突然の来訪を驚くでもなくマサキを屋内に招き入れたシュウ=シラカワは、後は勝手にとばかりに自らはリビングと続きになっているキッチンへと向かって行った。マサキは服に付いた雪を払ってリビングに足を踏み入れる。
ピーピーと音を立てながら、コンロでケトルが湯気を吹いているのが目に入る。
その前でキッチンテーブルにティーセットを並べているシュウを横目に、マサキはジャケットを掛ける場所を探して室内に視線を動かした。
「…………?」
リビングの中央に鎮座している腰の低いテーブルが、いつもの応接セットのものではないことに気付いたのはその時だ。
「……何だ、これは」
壁のフックにジャケットを引っ掛け、天板の下にキルト地のカバーが掛かっているテーブルに近付く。高さといい、形といい、このカバーといい、どう見てもアレにしか見えない。
「わかりませんか? コタツですよ」
「いや、それ以外にはないとは思ったけど、何でここにコタツが」
広く、天井に高さもあるリビングには暖炉もある。その気になればストーブだって使えるのだ。
シュウがわざわざコタツを用意した意味がマサキにはわからない。
わからないまま、赤々と燃える暖炉の前に陣取って、冷えた手を温めること暫し。ティータイムの準備が整ったのだろう。マサキ、と名前を呼ばれて振り返れば、コタツの上に広げられたティーセット。さも当然のようにコタツに足を入れたシュウは、ほら、と手を広げてマサキを招いた。
「何となくそんな予感がしたのですよ」
その開かれた足の間に腰を収めて、背中を胸に預ける。きっと、自分の訪れのことを云っているのだろう。そう思いながらマサキは、当然のように目の前にふたつ並べられているティーカップに目をやった。今日の紅茶は何だろう? ぐずる鼻に届く匂いは、感じ難くもあったけれども、恐らくは……そんなことを考えていると、
「こんなに冷えて」
両脇から伸びてきた手が、やんわりとマサキの頬を包む。
「懐かしい?」
「そうだな」マサキは頷いた。
「こっちに来てからこんなに寒くなったのは初めてだ。それに、そもそも存在してるとも思ってなかったしな」
ティーカップに手を伸ばす。湯気立ち上るティーカップを口元に運ぶ。シュウの手が邪魔に感じはしたものの、彼とてマサキを気遣ってしてくれていること。無粋なことは云うまいと、マサキは不自然な体勢のまま紅茶に口を付けた。
「ミカンがあれば完璧だったでしょうかね」
「お前の日本の知識は偏ってる気がするんだよなあ」
二口、三口と紅茶を啜る。
今日中に帰るつもりでいたマサキだったが、これだけ居心地のいい空間が用意されているのだ。もう少しだけ、ここに居てもいいだろう。そう思いながら、ティーカップをテーブルの上に戻し、今一度、背中をシュウの胸に預ける。
朝方見た天気予報でも降雪は暫く続く予定だ。
「それだったら、紅茶じゃなくてお茶じゃないか?」
「そうですね。次回までには用意しておきますよ」
シュウの指先がマサキの口唇をなぞり始める。以前のように、なんだよ、とはもう云わない。マサキは身を捩らせると、誘いを掛けてきた指先に応えるように、シュウの口唇に自らの口唇を重ねた。
リクエスト「こたつでぬくぬくするシュウマサ」