逃れられない死を間近にした人間は何を望むのだろう? いつかシュウが問うてきた言葉が、その瞬間のマサキの心に蘇った。自らの身体から溢れる鮮血が、絶え間なくコントロールルームの床を赤く染め上げている。遺された時間はそう長くはなさそうだ。マサキは奪われてゆく力に、自らの命の終わりを悟った。次いで呆気なく視界が失われたかと思うと、全身に怖気が襲いかかった。とにかく寒い。凍える身体は、けれどももうそれだけの力も残されていないのだろう。震えることさえもなく。とてつもなく寒いのに、とてつもなく眠い。いつかテレビで見た雪山での遭難者が、眠らないように檄を飛ばし合うシーンが脳裏を過ぎったが、その意味を今更知ったところで時既に遅し。これから死にゆく者の思考というものは、こんなにも散漫で、こんなにも脈絡のないものであるのだ。きっとシュウであったら、この状態の自分であろうとも、喜んで観察し、喜んで分析をするだろう。そう思ったところではっとなった。彼は既に一度そうした経験を済ませている身である。それを思い出したマサキは、今また思い出してしまった男の存在に、突然に猛烈な不安を感じるしかなくなった。それは自らの死に対しての怖れではなかった。遺していかなければならない男。誰よりも心を近くにしてともに生きた男の行く末が、どうしようもなく案じられて仕方なくなったのだ。シュウ。マサキはその名を口にしようとした。自らの命を懸けて戦い続けた人生に一片の悔いもなかったけれども、彼を遺して先に逝かなければならないことには未練がある。マサキより年嵩の男は、何にも囚われることなく生きているように見えて、その実、誰よりも愛情に囚われることを望んでいた。そんな自分を頼りとしていたシュウが、自分を喪った後にどうなってしまうのか。マサキはそれを考えるのが怖かった。運命とは過酷なものだ。生きたいと望んでも、生きられる訳ではない。その現実がマサキに悔悟の念を生じさせる。せめて、何かひとつだけでも自分と生きた証を遺せてやれたら。途切れがちとなった思考でそう考えはするも、いざそれに相応しいものは何かに考えを及ばせると、困ったことに何も思い浮かんではこないのだ。それだったら。マサキの脳内に聞き覚えのある声が響き渡った。私が力を貸しましょう。それは紛れもない。風の精霊サイフィス、その声だった。彼女は今まさに命の灯を消そうとしているマサキの魂を浚った。そしてその魂を運命の分岐点となる時間軸上の地点に送り込みながら、こう囁きかけた。
彼の未来の為に、彼の過去に思い出を置きに行くのです。
ワンドロ&ワンライお題ったー
kyoへの今日のワンドロ/ワンライお題は【夜空】です。