連日続く戦闘の最中、それでも時には激戦区を離れ、一時の安らぎを得る事もある。そんな折、休憩室でカードゲームに興じている間に眠ってしまったらしい。マサキが目を開くと周囲の賑わいはとうになく、静まり返った休憩室は照明さえも消された状態だった。
その割にはやけに温かい。空調までは消されていないのか、とマサキが体を起こすと何かが胸元から滑り落ちた。
上着、見覚えのある。
「……ようやく目が覚めたようですね」
声に振り返ると、窓際にもたれて本を読むシュウの姿が目に入る。テーブルを囲むソファから離れて、一人闇の中に佇み、窓から入り込む戦艦の仄かな灯りだけを頼りにする姿。供に巡航する護衛鑑が行きつ戻りつ窓をよぎり、その顔に濃く陰影を刻む。
静かな、笑み。涼やかな瞳が、その動きだけでマサキを見ている。
「……てめえか。んなトコにいないで座ればいいじゃねえか」
「そうも考えたのですがね――」シュウは言う。「あなたと私の対立は方々に知れること。あまり近くに寄るのもどうかと」
「言う割には」マサキは掛けられた上着を捲り上げる。「こんなことしてたら意味がないだろ」
手元の本に落とされた視線が、うがつようにマサキを見る。既に興味は本に映っているのだろうか。直ぐにまた視線が落とされ、ゆったりと読書を続けながらシュウが語るに、
「ここからでしたら入り口も見渡せる。他人の姿が見えたらそれを返して頂こうかと」
「……優しいのかそうじゃねえのかわかりゃしねえな、この天邪鬼」
どうとでも――と、シュウが笑った。
夜のしじまに支配された談話室に響き渡るエンジン音。行き交う人もなく、戦艦そのものが眠りに落ちてしまったかのような静寂だ。「……今、何時だ」読書に耽り、沈黙を保つシュウに聞く。
「グリニッジで午前2時、艦内時間で午前4時ですよ。キャビンに戻って仮眠を取られてはいかがですか」
「眠い筈があるかよ。あいつらも起こしてくれりゃいいものを」
「起こしたのかも知れませんよ。空調はそのままにしてありましたから、あなたが起きないので仕方なく――とも考えられます。いつ戦闘があるとも知れないのですから、仮眠は取っておくべきでしょう。睡眠不足の操者など足手まといですよ」
「言ってくれるじゃねえか。そういうお前はどうなんだよ」
「目が覚めたものですから」
こうして、とシュウは窓際に置いたカップを取り上げたが、中身が空と気付いた様子で、
「――温かい飲み物を飲めば、眠れるでしょう。ついでにどうです」
奥まった場所にある給湯スペースに向かう。
「……コーヒーは眠れなくなるから紅茶にしてくれ」
「逆ですよ」
「逆?」
広い背中の向こうから湯気が立ち、酸の強い匂いが漂う……。「カフェイン含有量が多いのは紅茶の方ですよ。余計に眠れなくなると思いますけどね」その言葉にマサキはそうなのか、と呟いて、「だったらコーヒーでいい」
振り返ったシュウが小さく笑う。ミルクの香り、砂糖の甘い匂い、それらの飲み物の匂いとはまた別に鼻孔を擽るシュウの匂い。気障ったらしくて気に食わなかった甘ったるい香水の匂いも、人気のない空間では安らぎを感じさせる。会話もなく、ぼんやりとその様子を眺めて待つマサキの目の前にやがて差し出されるカップ。それを覗き込んで、マサキは顔を歪めた。
「カフェオレじゃねえか」
「ホットミルクよりはましでしょう」
コーヒーよりは眠れますよ、と続けて、シュウは自らのカップを傾けた。中身は普通のコーヒーだ。それをすすりながら窓際へと戻って行く。
「……馬鹿にしてんのか」
「気遣い上手と言って下さい」
「いいけどよ、別に」
人を食った台詞も、いつもと違ってそれ程気にならない。眠りに就いた鑑内だからこそ、些細な会話が安らぎになるのだろうか。温いカップの中にはミルク多目の甘いカフェオレ、口を吐けると微かにコーヒーの苦味が舌に残る。一口、二口と飲み込んで、黙って本を読むシュウを見る。
同じ陣営で戦っていても、味方と付き合う範囲が違う。重なり合わない人間関係の中で、顔をこうして会わせることはそうない。こうして余暇を過ごしているのだと、目の前のシュウに不思議な感慨を覚える。
真面目な、横顔。冷淡で鋭い眼差しが文字を追う。時に思い出した風にコーヒーをすする瞳には、マサキの姿は映っていない。集中し出すと他のことはどうでもよくなる性質なのか。そうでなければ技術者としては勤まらないのだろう。
それが少しばかり面白くない。
マサキは片手にシュウの上着を掴み、立ち上がった。飲み干したカップを洗浄ダストに放り込んでから、ゆっくりと窓際に足を進める。
「……ほらよ、返すぜ」
「――どうも」
受け取りはしたものの、シュウの視線は本のまま。
それが更に面白くない。
顔を会わせれば憎まれ口ばかり叩き、艦内で見掛ければ避けて通る。普通に付き合うことが難しいだけに、すっぱり無視されるとそれはそれで気に食わない。「シュウ――」マサキは身を乗り出し、その頬を両手で掴み自分を向かせる。
微かに見開かれた瞳が目に入る。それを最後に目を閉じて――。
「……眠れる気がしねえ」
顔を離して呟く。
緩い口付けの最中、いつの間にか腰に回されていた腕がマサキを引き寄せる。薄い口唇が耳元に寄せられ、
「……眠れるようにして差し上げましょうか」
悪戯めいた口調で囁くと、耳を噛む。息を吹きかけられてマサキは身をすくめ、首筋に降りる舌に腰を捻らせつつ小さく笑う。
「……ここじゃ、嫌だぜ」
「そうですね、では――」
――予備倉庫で。
先に行ってるからな、とマサキはシュウの腕から擦り抜け給湯室を後にした。