(一)
その日の安藤正樹は虫の居所が悪かった。
セニアの緊急通信で起こされたマサキが、取るもの取らずに情報局に赴いてみれば、予想していたような不穏な展開ではなく、マサキを広告モデルに起用したいという企業が現れたという話だった。何でも以前務めた香水のイメージキャラクター展開を目にしたアクセサリー会社の社長が、『魔装機神操者をイメージキャラクターに起用することの商品拡販効果」に目を付けた『謎の投資家』にいたく感銘を受け、「それならば是非我が社でも」という話になったらしい。
当然ながら、今回もマサキに拒否権はない。
そもそも、十六体の正魔装機の監督権をセニアに握らせておくのが危険な信任行為なのだと、前回の件で誰も学習しなかった辺りにラングランのノンポリ気質が現れているとマサキは思うのだが、セニアと反目している筈の議会も議会で、あのイメージキャラクター展開に魔装機操者の戦闘外支援の可能性を見出してしまったのだというから、理性至上主義の連中の考えることはわからない。
それ即ち、魔装機操者の芸能展開の拡大である。
どいつもこいつも頭が目出度い――と、当事者たるマサキが頭を抱えるのは勿論のことだったが、大体にして悪乗りが過ぎる情報局の女帝が先導を取っているのである。マサキ如きが抵抗したところで、正魔装機のバックアップを行っているのがラングランという国家であることは覆せない事実だ。
覆せない以上、その意向は絶対でもある。
確かに世界の秩序の維持が使命である以上、ラングランと正魔装機には直接的なスポンサード関係はなかった。あったとしたら十六体の正魔装機は、ラングランの私兵に成り下がってしまう。だからこそ、魔装機の維持に関わる整備費その他諸々の費用は操者たちが各々稼いでいたし、独立した部隊として裁量権が与えてられてもいるのだが、世界各国へと活躍の場を広げたマサキたちに、帰る場所を用意してくれているのはラングランしかないのもまた事実。
それをわかっているからこその暴挙でもあるのだろう。かくて『諸外国への魔装機操者の友好大使としての派遣』という議題で論じられていた『魔装機操者の芸能展開プログラム』は、圧倒的賛成多数で議会での可決をみてしまったのだ。
議題が内容を正しく表していない辺り、魔装機計画そのものよりも性質が悪い。
悪いのだが、セニアも議会も大真面目にこのプログラムに取り組む気でいるようだ。金にがめついが故に二つ返事で引き受けたらしいベッキーの粉ミルクのコマーシャルだの、セニアに弱味を握られているが故に断り切れなかったらしいファングの機能性重視のグローバルファッション企業のコマーシャルだの、趣味と実益を兼ねたテュッティの洋菓子メーカーのコマーシャルだのと、昨今では巷に溢れる広告の中に魔装機操者を見掛けることも珍しくなくなった。お陰で情報局には日々膨大な量の企業からのオファーが寄せられるようになったのだとか。それを厳選した上で役割を振っているのだとは、マサキを叩き起こしてくれたセニアの弁だ。
一体、彼女は魔装機神操者を何だと思っているのか。
それもこれも「マサキのそういった格好が見たい」という理由だけで、自らが筆頭株主を務める企業にイメージキャラクターのオファーを出させたあの男の所為である。あの香水ブランドのイメージキャラクター展開がなければ、間違いなくマサキは一介の戦士として、波乱万丈ながらも平穏な日々を送れていただろうに。
故に全ての原因はあの男にあり。セニアに丸め込まれるようにしてアクセサリー会社の広告モデルの話を受けてしまったマサキは、だからこそ情報局から取って返したその足で、溜まりに溜まった憂さを晴らすべく、あの男――即ち、シュウ=シラカワの許へと向かったのだが。
「……それは何だ」
いつものようにリビングのソファの上に陣取っている男は、ローテーブルの上に広げられたデザイン画の数々を、手にとっては眺めて戻すを繰り返していた。
最早、嫌な予感しかしない。マサキはデザイン画を凝視した。当然――と、云うべきか、それとも認めたくない現実であると云うべきか。それらのデザイン画にはアクセサリーが描かれている。
「聞きたいですか」
マサキを振り仰ぐこともせず手元のデザイン画を熱心に眺めている男に、マサキは強引にデザイン画を引っ手繰った。
「話せ。事情によっては許してやる」
「話すほどの事情もありませんよ。ただ先日、アクセサリー会社の社長と会合を持つ機会に恵まれたものですから」
「何を吹き込みやがったんだよお前は!」
マサキはテーブルの上に広がっているデザイン画を片っ端から取り上げた。そして、一纏めにしたそれを気分の赴くがままに破り去った。無駄なことを。と、シュウが嗤うが、これらのデザイン画が複製であることは、マサキ自身も承知している。
「お前の所為で、俺はまたけったいな格好をすることになったんだぞ!」
絶叫とともに破ったデザイン画をシュウに叩き付ける。
「あなたが思っているより百倍は似合っているからですよ」
しらと言葉を継ぐシュウに、マサキは口唇を噛んだ。
柳の下に二匹も泥鰌はいないとはマサキも思うのだが、どうやら今回のアクセサリー会社の社長もマサキにユニセックスな格好をさせたいようだ。別モデルで作られたスチル案。セニアに企画書を突き付けられた瞬間、マサキはこれまでのどの戦場に赴いた時よりも深い絶望感を味わった。
大衆が求めているものはこれなのかと見紛うほどのファンタジー。魔装機神操者であるマサキ=アンドーというキャラクターは何処に行ってしまうのか。そのぐらいに自分の原形を留めていないイメージに、マサキは正直、どう自分の理性を保てばいいのかわからなかった。
むしろよくぞあの状態で、セニアを引っ叩くことなく帰って来れたものだ。
とはいえ、議会で成立してしまったプログラムである。どうせやらねばならないことであるのならば、もう少し穏便に済むか、或いは趣味嗜好に沿っている商品のモデルを務めたい。そう思ってしまうマサキを誰が責められただろう。
例えば時計、例えばフライトジャケット。ブーツやグローブでもいい。
見世物にされるのは我慢ならないが、拘りを持っている商品のモデルであればやる気も少しは湧く。だのに目の前の男とその従妹と来た日には、まるで結託したかのようにマサキに受難を用意してしてみせる。これではさしものマサキの忍耐力も限界だ。
「……絶交だ」
ぽつりと口から飛び出した言葉に、けれどもシュウは動揺する気配がない。
「そうは云ってもあなたのこと。広告モデルはやるのでしょう」
「……本当にお前って奴は……」
どれだけそれが自分の意向と懸け離れていようとも、引き受けてしまったものを今更反故には出来ないのだ。何せ国家プロジェクトである。前回とは背景が異なっている以上、マサキの意向ひとつでどうとなる事態でもない。
そうである以上、妙なところで責任感が強く律儀であるマサキはきっと撮影に挑んでしまう。自分でもわかっているからこそ、自分の行動を見透かしきっているシュウの台詞が、マサキには悔しく感じられてて堪らなかった。
「絶交だ!」
「好きになさい」
「今度という今度こそ、てめえとは絶交だ!」
「それで逃げられると思うのでしたらどうぞ」
「ああ逃げてやる! てめえから地の果てまで逃げ切ってやる! 取り合えず、もう金輪際ここには来ないからな!」
マサキでは及ぶべくもない才能と資産と人脈を有している男から逃れきれないのはわかっていた。そう、彼が本気になればマサキの居場所など一日もかからずに突き止められてしまうことだろう。それでもマサキは意地を張らずにいられなかった。このまま彼の手のひらの上でいいように転がされてなるものか――。
かくてシュウの許を飛び出したマサキは、むしゃくしゃした気分のままひたすらに。気分が休まるその時まで、ラングランの雄大な大地をサイバスターで駆け巡り続けた。そうして、丁度良い街を見付けたのをいいことに、その街でバカンスを過ごすことに決めたのだった。