絶対に離さねえ。
徐々に近付いて来るいけ好かない男の顔を直視しながら、マサキはプリッツを咥えていた。
その逆側を咥えているのは仇敵たるあの男。シュウ=シラカワ。近頃は仇敵というよりは腐れ縁と呼んだ方が相応しい付き合いになりつつはあったものの、心の底から信用出来ない相手という意味では、いつか倒さねばならなくなる相手として認識せざるを得ない男だ。
彼は偶々顔を合わせた酒の席で、口論となったマサキに、何を思ったかポッキーゲームで決着を付けようと提案してきた。
酔っている最中の人間の理性や自制心などたかが知れている。しかも彼特有の上から目線の挑発付きとあっては、どれだけマサキがこの男をいけ好かないと感じていようとも――否。いけ好かないと感じているからこそ、マサキは売り言葉に買い言葉と彼の提案を呑んでしまったのだ。
もしかすると彼もマサキに劣らず酔っているのやも知れない。素面では決して口にしないだろう提案を臆面なくしてみせた男の表情は、微塵たりとのその予兆を伝えてはいなかったものの、これまで座をともにした酒の席でも乱れた姿を見せてこなかった男のことだ。飲んでいる酒の強さからして、マサキ以上に酔っている可能性もある。
両端から食べ進められたプリッツの長さはそろそろ半分になろうとしていた。
マサキはちらとその男の顔を覗き見た。いついかなる時でも冷静さを崩すことのない男は、こういった巫山戯たゲームに興じている最中であってもその金科玉条セオリーを崩すつもりはないようだ。
それが増々マサキのささくれだった神経を煽った。
日頃、自身がマサキに嫌われていると公言して憚らない男は、それが余程気に入らないのか、マサキの振る舞いに落ち度を見出すなり嫌味や皮肉を聞かせてきた。その都度、黙らされるマサキとしては堪ったものではない。今更、馴れ合えるような付き合いでもないだろうに、男は何をマサキに求めているのか……恐らくはこのゲームもそうした男の不条理な欲の発散であるのだ。そう、男はマサキが先に根を上げると思っているからこそ、わざわざ羞恥心を煽るようなゲームを提案してきたに違いない。
マサキは少しずつ噛み砕いていたプリッツを、一気に倍ほど食べ進めた。そして、男の口唇まであと数センチとなったプリッツの残りに、いい加減これで根を上げてくれるだろうと思いきや――。
残ったプリッツを全て口の中に収めた男の口唇が、マサキの口唇に触れた。
目を瞠ったマサキに構わず口唇を塞いだ男は、そのままマサキの口内に舌を差し入れてくる。アルコール臭の漂う口付けは、負けを認めたくない男の意地でもあるのだろう。絶対に退くかよ。マサキは緩く舌を探ってくる男の舌を飲み込んだ。
けれども退くことのない口唇。執拗に絡んでくる舌に、次第に息が上がる。お、前……マサキは男の肩を掴んで押し退けた。いい加減負けを認めろよ。瞬間、巌のように動くことのなかった表情が和らぐ。
「あなたの負けですよ、マサキ」
言葉の端から滲み出す満足感。そして立ち上がった男は周囲の視線をものともせず、その場から立ち去ってゆく。
ワンドロ&ワンライお題ったー
@kyoへの今日のワンドロ/ワンライお題は【酔いのせいにして】です。