何しに来た。と、玄関ドアを開いてシュウの顔を見るなり憮然と云い放ったマサキに、シュウは手にしていたケーキ箱を無言で押し付けた。
「は? 何だよ、これ……」
ケーキ箱を手にしたはいいものの、シュウの思惑がわからなからか。途惑うマサキの向こう側から、いつでも賑やかな彼の仲間たちの声が響いてくる。どうやらシュウの予想通り、彼らはニューイヤーが迫ったこの時期にクリスマスのパーティを開いていたようだ。
「クリスマスケーキですよ」
シュウが云えば、ケーキ箱の取っ手の下のフィルムから覗く、カラフルなデコレーションが施されたホールケーキを目にしたようだ。いや、でもお前、これ……マサキは口をもごもごとさせながら、どう言葉を続ければいいか迷っている様子をみせる。
「安心してください。あなた方のパーティに混ぜろなどとは云いませんよ。なに、ふと思い付きましてね。きっとあなた方でしたらこの時期にパーティを開いているのではないかと。ですからどうぞ、気兼ねなく食べてください」
「だからって、お前、これ相当にいいケーキじゃねえか。こんなにフルーツがたっぷりと乗ってさ、しかも大きさもそれなりにある」
「私が持って帰っても、どうせ食べきれる量ではありませんからね。日頃の感謝の気持ちだとでも思っていただければ」
「お前にそう云われるとな。またいずれ厄介事を押し付けられるんじゃないかって疑りたくなるぜ」
「それは間違いではありませんね」シュウはクック……と声を上げて笑った。「またいずれ、何かを頼むこともあるでしょう」
そう返答したシュウに、盛大に顔を顰めながらも、下手なその場しのぎの嘘よりかは余程信用出来ると感じたようだった。まあ、そういうことなら……と、マサキが両手に抱えたケーキ箱をそのまま受け取る様子をみせる。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
そこに何気ない様子で顔を覗かせたプレシアが、シュウの姿を見るなり、はっとなった様子で続けざまに表情を変えてみせた。
引き攣った口元で、な、何の御用ですか……。最初にシュウを目にしたマサキの反応とさして変わらぬ口振りでそうとだけ云った彼女は、あまりシュウに近寄りたくないのだろう。距離を開けたまま、マサキが手にしている荷物が何であるのか窺おうとする。
「ケーキだよ、ケーキ。クリスマスのプレゼントだってさ」
プレシアを振り返ったマサキが事も無げに云ってのける。それを耳にしたプレシアは、え!? と、言葉を詰まらせると、暫くの間マサキが手にしているケーキ箱をしげしげと眺めていたが、よもや何も云わずに済ませる訳にも行かないと思ったのだろう。
「あ、有難うございます……こんな大きなケーキ……」消え入るような声でそう礼を述べた彼女は、「で、でもあたし誤魔化されませんからね!」やおら声を張り上げると、シュウを指差してそう宣言する。
「安心なさい、プレシア。あなた方を懐柔しようとしてのことではありませんから」
「じゃ、じゃあ何で……」
「このケーキが私を呼んだからですよ。買ってくれと、ね」
シュウの身に取り立てて何かがあった訳ではなかった。ただ街で洋菓子店の店先を通りかかった際に、ショーウィンドウの向こう側にフルーツがたっぷりと乗ったホールケーキを見付けただけ。
偶には土産を買って帰るのも悪くない。いつも自らの手足となって働いてくれる仲間たちへの土産をその店のケーキで済ませることにしたシュウは、幾つかの切り分けられたケーキを買い上げた後に、そのきっかけとなったホールケーキをショーケースに残したままにしておくことに心残りを感じた。
さりとて、流石にこの分量はシュウたちでは捌ききれない。たった一個のショートケーキですら、サフィーネやモニカは体重の変化を気にしてか。心安らかに食べられることがないようだ。それがゆうに八人分はあるホールケーキとなっては――ショーケースの中に鎮座しているデコレーションケーキに逡巡したシュウは、不意に脳裏に思い浮かんだ顔に、それも悪くない――と、直後にはその大きなホールケーキを買い上げることを決心していた。
それがマサキの顔であったことは云うまでもない。
折しも季節は冬。精霊信仰のラングランにはクリスマスの習慣はなかったが、地上世界の習慣や風習を時に再現して、故郷を離れて生きる自らの心の慰めとしているらしい魔装機操者たちのことだ。きっと彼らはクリスマスのパーティをするに違いない。もしもその予定がないのであれば、このケーキをきっかけとして集まってもらえばいいだけのこと。その場の思い付きでケーキをマサキに届けることにしたシュウは、かくてその街からは大分離れた場所にあるマサキの居所へと。こうして姿を現わすに至ったのである。
「とにかく、私の用事はこれだけです。それも無事に果たせましたし、これで失礼することにしますよ。マサキ、プレシア、良いクリスマスを」
そう云って背中を向けたシュウに、おい、待てよ。と、マサキの声が掛けられる。何か? と振り返ったシュウに、少し気まずそうな様子でマサキが続ける。
「寄ってけよ。少しぐらいクリスマスの雰囲気を味わっていけって」
「サフィーネたちにも土産を買っているのですよ。気持ちは有難いですが、今日はこれで」
「だったら、少しだけ待ってろよ」
そしてプレシアを振り返ったマサキが、彼女にケーキ箱を渡しながら何事か語りかけた。嫌気を感じさせるプレシアの表情。ちらとその視線がシュウを捕らえるも、マサキの言葉に逆らうつもりはないようだ。有難うございます。そう重ねて礼を述べた彼女の姿が玄関の奥へと消える。
「無理はしなくて結構ですよ」
「まあ、ちょっと待ってろって。ケーキだけじゃ寂しいだろ。チキンなら山ほどあるんだ。お前らに分けるぐらいどうってことないさ」
そのマサキの言葉で彼の企みを知ったシュウは、偶には気紛れを起こしてみるものだと、そろそろ暮れなずみ始めた空を見上げた。そして、この後に思いがけない土産に顔を綻ばせるに違いない自らの仲間たちの様子を思って、静かに口元を緩ませた。