バビロンを追いかけて

 幼くして両親を失ったシュウにとって、それは執着の対象であったし、己の幸福を叶えるひとつの答えでもあった。もしかすると、それは真理であったかも知れなかったし、完成された世界を作るのに必要なものでもあったかも知れなかった。兎に角、シュウにとって家族というものは、その懐抱の念からも明らかなように、考えるだに、胸を幾本かの針で刺されるような、チクチクとした疼痛を引き起こすものであった。
 終わりなき戦いに身を投じて幾星霜。心を許してもいいと思える仲間に出会えたシュウは、運命共同体たる彼らこそ家族に等しい存在ではないだろうかと考えもしたものだった。しかし、寄せ集められたようなちぐはぐな塊である彼らは、それぞれ独立独歩で生きていることもあってか、家族として成り立つ為の役割が上手く機能しない面があるように感じられることがあった。
 ならば、自分が全てとなればいい。
 血の繋がりに頼らない他人同士が家族というコミュニティを形成する。それはある種の人間にとっては、とても幻想的な理想郷に映っただろう。男と女が番を求めるのにも似た、けれども非なる欲望。もしかすると、それは孤独を慰めたいと望む人間が、心の隙間を埋める為に必要な処方薬であったやも知れない。だからこそ、既に父母を失って久しいシュウも過分に洩れずそのひとりであったのだろうが、では果たして仲間たる彼ら相手に自分が全ての役割を果たしきれるかと問われると、それはまた違った話に思えてならなかった。
 彼らの前でシュウは己という存在を崩せないのだ。
 決して彼らに心を許していないのではない。仲間である彼らを信頼しているシュウは、段階を追って彼らが自らのパーソナルスペースに踏み入れることを許してきた。堅牢な鎧を身に纏うシュウにとって、その譲歩は神が人類に与えた奇跡に等しい。彼らもそれを心得ているのだろう。シュウに対して忠実たらんとする彼らを、だからこそシュウは容赦なく使役した。時には命の危険に晒しながら。
 けれどもそれと使い捨ての駒の何が違うというのであろう。シュウは恐らく、彼らが死に際しても泣くことはない。温かくも穏やかだった日々を振り返ったところで、それは既に過ぎ去った時間の出来事である。ならば未来に積み重なる日々が失われたこととして、彼らの存在を惜しむだろうか。それもないだろうと、シュウはかぶりを振った。
 シュウにとって彼らと築き上げた疑似家族の世界は、あくまで失ってしまった家族の代償でしかないものなのだ。
 ただ心に空いた穴を埋める為に寄せ集めた家族に、涙は不釣り合いだ。誰が母で、誰が父、誰が子どもであるのか役割の定まらなかった家族。いつだって庇護者の役割を果たすのはシュウだった。
 その世界で、シュウは何を新たに獲得出来るのだろう?
 同年代の知人たちは、とうに家族というコミュニティから巣立ってしまっている。早い者は伴侶を得て、何人もの子どもに恵まれていたりもした。それはひとつのコミュニティが分化して、新たなコミュニティという核を作り上げる過程だった。そうした世界を目の当たりにする機会の増えたシュウは、だからこそ仲間たる彼らとの生活に疑問を持ってしまったのだ。
 全てに成りたい。
 それらの悩みを口にした瞬間、馬鹿じゃねえのと、シュウが追い求めたもうひとつの夢たる彼は、呆れ果てた様子でそう云い放った。何故、とシュウが問えば、俺はお前の何なんだよと、ぶきらっぽうに口にする。そこでシュウは初めて彼もまた他人であると思い至った。
「お前、俺の何もかもを欲しがる割には、俺と家族になるは嫌なのな」
 どうやら怒らせてしまったようだ。拗ねるを通り越して、不機嫌さらさらな表情で自分を睨み付けているマサキに、シュウはさてどう取り繕ったものか――と瞬間悩みはしたものの、直感的に嘘を見抜いてみせる彼のこと。不実を屁理屈で上書きしたところで、大海に泥舟で漕ぎ出してみせるようなものだ。
 結局、素直に自分の考えを打ち明けるしかないのだと、シュウは口を開いた。
 あなたの重荷にはなりませんかと。
 馬鹿じゃねえの。再びマサキはそう云い放った。重荷だ何だって感じるくらいなら、てめえみたいな面倒臭い男と付き合ってられるかよ。その言葉に、全くその通りだと、シュウは苦笑するしかなかった。そうして、夢見ていた幻想的な理想郷が、自分のすぐ隣に在ったことに気付いたのだった。

お題ひねり出してみた
シュウマサへのお題は『それは恋なんてものじゃなかった』です。