「面白いことを教わったんだよ」
シュウの独居に上がり込むなり、弾んだ声でそう口にしたマサキに、珍しいこともあるものだ――とシュウは目を瞠らずにいられなかった。
本人があまり進んで話したがらないことであるのだが、傍若無人に振舞ってみせることも多いマサキは、その割に自分を良く見せたいと思う気持ちが強いらしかった。所謂、見栄っ張りというヤツだ。いまどき、前時代的にも限度のある話ではあるが、彼の中には彼なりの男らしさのイメージがあるのだとか。それを体現するべく、努力を重ねているつもりでいるらしいマサキ。詳細に話を穿り返すと彼自身が非常に嫌がるものだから、シュウはそれ以上のことは知らないままであるのだが、着たきり雀のような格好にざっくばらんにカットした髪など、正直、どこに向かっているのだろうかと首を傾げざるを得なかったりもする。
そういった性格の彼であるから、シュウといる時にしても、そう簡単には襟を開いてはくれなかった。自身のポリシーに反するのだろう。もう随分と長い付き合いになる割に、甘えてきたことは数えるほど。それどころか浮ついた様子ひとつさえも簡単には見せてくれないものだから、彼の全てを知りたい、或いは見たいと望んでいるシュウとしては、フラストレーションを溜め込んでしまうことしきり。
尤も、近年はそれもマサキだと受け入れられるようになってはいるのだが。
だからシュウは目を瞠ったのだ。無邪気にシュウに笑いかけてくるマサキの顔など滅多に見られるものではない。シュウにとってはさておき、それだけマサキは自身にとって興味深いことを教わってきたのだ。これにどうして喜ばないことがあろうか。ついつい緩みそうになる口元をどうに引き締めて、「何を教わってきたのです」と、シュウはマサキに尋ねる。
自分を取り繕っているのは、シュウも同様だということだ。
己が理想とする自分を崩したくない。
だからシュウはマサキの頑なさにも寛容になった。似た者同士なのはお互い様。だったらお互い精々理想の自分自身を演じていこうではないか――と。
「ここに予め四桁の数字を書いてきた紙がある」
ジーンズのポケットから四つ折りにした紙片を取り出したマサキが、得意満面といった表情で口にする。
マジックの一種であるのだろうか? シュウは黙って成り行きを見守った。
「四つの数字が同じものにならないように、頭の中で四桁の数字を思い浮かべてくれ」
「それでわかりました、マサキ。その紙片に書かれている数字を当ててみせましょうか」
シュウの返事に、は? とマサキが虚を突かれた表情になる。よもやこの時点で、紙片に書かれた数字を当てられると豪語されるとは思っていなかったようだ。まあ、いいけどよ……と、少しばかり勢いの落ちた声でマサキが応える。
「6174でしょう。違いますか」
「……何でわかった?」
大きく見開かれた目。ボトルグリーンの虹彩が、不可思議なものを目にしたかの如く拡がっている。
「有名な数字なのですよ」シュウは苦笑しつつ、マサキに種を語って聞かせることにした。「インドの数学者D.R.カプレカが1949年に発見したマジックナンバー、カプレカ数。適当な数字に任意の操作をすると、最後には必ず同じ数が導き出されるという数学的法則のひとつで、四桁は6174の一種だけとなっています」
「そうかあ」
きっとシュウを驚かせられると意気込んでいたのだ。微かに気落ちした表情でソファに身体を投げ出したマサキに、黙って驚く振りだけでもしてやるべきだったか――と、シュウは自らの喋りたがりな性質が招いてしまった結末に、後悔と反省の念を覚えたが、どうやらマサキには別の思惑があったようだ。シュウを向いた彼が、少し寂し気に口を開く。
「お前、こういうの好きそうだからさ、面白がってくれるんじゃないかって思ったんだけど、中々上手くいかないな」
瞬間、胸に湧き上がってきた感情。
マサキ。と、彼の名を呼ぶ。
それが何であるのか。シュウは未だに明確な答えを見付け出せずにいるのだが、その難問を喫緊の課題として考えられるほど、理性のみで構成されている人間でもない。マサキ。激しい衝動性を伴う気持ちの揺れを堪えきれる余裕のないシュウは、その想いに突き動かされるがまま、ひと回り小さいマサキの身体を抱き締めた。
「おい、何だよ。いきなり」
「あなたのその気持ちが嬉しいのですよ」
「お前、俺が関わると随分と安い人間になるよな」
呆れた風な、それでいて笑っている風にも捉えられる声。ホント、いい男が台無しだっての……そうは呟いているものの、かといって突然の抱擁を嫌がっている訳ではなさそうだ。
直後にゆっくりと背中に回された腕に、我慢の限界がきた。シュウは顔を上げた。間近にある幼顔を凝っと見詰める。そうして、マサキの口唇へと。シュウは自らの口唇を近付けていった。