「隠してねえよな」
「やっぱり? 隠す気ないよね?」
さざ波のように押し寄せてくるざわめきの中に、耳に馴染んだ声を聞き取ったマサキは、その声の主たちを探してラウンジ内に視線を彷徨わせた。心なしか、人々の視線が自分に注がれている気がする。その中の幾つかに憐憫の情を見て取ったマサキは、それで現在進行形で続いている会話の内容が察せたような気がした。
「大体、何をこそこそする必要があるかって、考えてみりゃ知れたもんだわな」
「だよね、だよね、そうだよね! わっかるわー、その考え。そうなのよ! しかもあれは絶対に隠す気ないのよ! むしろ見付けてくれまであるのよ!」
決して善良な付き合いとはいかない二人組。豪胆に戦場で敵を薙ぎ払っていたかと思えば、日常の些細なシーンで愚にも付かない悪戯を仕掛けてみせる。お調子者で直感的。ラウンジの中央に陣取っている甲児とミオは、マサキがその場に姿を現しているのも気付かぬ様子で、互いの言葉に頷き合っている。
「だよな! 毎度、々々、これみよがしに姿を消しやがってさー。そのくせ、口を開きゃ違うってよ。何を今更隠す必要があるかね?」
「それはやっぱりアレじゃないの? 秘密の恋ほど燃え上がるっていうか」
「はあ、水臭ぇ、々々。水臭ぇったらありゃしねえ。昨日今日知り合った他人でもなし。せめて俺には本当のことを云ってくれてもいいじゃねえかよなあ」
「いやあ、でもマサキは結構、猜疑心強いタイプでしょ」
一向に核心に迫らない会話。
けれども何について話をしているのか理解出来てしまう会話。
マサキは溜息混じりに二人の会話の行く末を見守った。甲児とミオの話はいつもそうだ。同じ論理展開に、同じ結論。だからといって先んじて会話に割り込んでみせようものなら、すわ獲物の登場とばかりに二人がかりで飛び付いてきたものだ。その上やることと云えば事実の確認ではなく、揚げ足取り。これではマサキも慎重になろうというもの。
「それでもせめて俺ぐらいは信用していて欲しかったワケ。わかるかよ。このやるせない気持ち」
「悪友ってそういうものじゃない? 都合のいい時だけつるんで、いざ窮地に立たされると知らんぷり」
しかも火のない所にダイナマイトを投げ込む二人組は、その結果が梁も残さぬ大爆発となろうとも、高みの見物を決め込むばかりで話にならない。後始末をするどころか、そもそもの責任を取る気がないのであるから、無責任ここに極まれりだ。
「世知辛いねえ。ああ、世知辛い。こちとら親友だって思ってるっていうのによぉ」
「でもさあ、マサキって仲間に対してもそんな感じよ? 相手のプライバシーに無遠慮に立ち入らない代わりに、自分のプライバシーにも立ち入らせないっていうか? 大体マサキって、シュウを除けばプレシアぐらいじゃないの? 信用してるのって」
その瞬間、マサキは反射的にミオのうなじを掴み上げていた。
きゃあ。とミオが鼻にかかった悲鳴を上げる。
誰しもが聞き分けられるぐらいにあからさまな作り声。それはその程度の女らしさでも、マサキを懐柔出来るとミオが思っているからだ。人を馬鹿にするにも限度がある。マサキは腕に力を込めた。そして、彼女のつま先が宙に浮きそうになる勢いでその身体を持ち上げたマサキは、誰が誰を信用してるって? ミオの鼻先で睨みをきかせながら言葉を吐いた。
「やだやだ! マサキってば! かよわい女の子に何をするのよ!」
「かよわい女の子は見え透いた嘘はつかねえんだよ! 何ださっきの声は! 普段のお前からは絶対に出ない場所から声が出てるじゃねえか!」
「あっら、バレてた?」
バレバレだ。マサキが答えれば、降ろしてよー。ミオが手足をばたつかせる。重い。そうでなくとも片手でミオの体重を支えている状態だ。更なる荷重に耐え切れなくなったマサキは、重てえ。と呟きつつ手を離した。
「女の子に対して重たいとか失礼じゃない?」
「だったら隠れたところに付いてる肉を落とせよ」
「ひっどーい! これでもあたし痩せてる方」
「酷いのはどっちだ! 何ださっきの台詞は!」
マサキは思い切りミオの頭を叩いた。
「お前らホントに仲いいねえ」
それまで黙ってマサキとミオの遣り取りを眺めていた甲児が、自分もまた騒動の発生源であるという自覚はないようだ。呑気にも手にしているパック飲料を啜りながら口を挟んでくる。冗談じゃねえ。マサキは顔を顰めた。
寄れば触れば誰と誰が仲がいいだのデキてるだの……しかもそこにこの男はあろうことなかれ。マサキの仇敵まで組み込んでくれたものだ。これで穏やかに言葉を返せという方に無理がある。
「はあ? これのどこが仲いいって?」
ミオから顔を背けつつ、二人が陣取っていた席に着けば、いやあ、あのじゃじゃ馬との付き合いに比べりゃよっぽど……と、甲児は当の本人が耳にしようものなら、ひと悶着が避けられない台詞を口にした。
「やめてくれよ、甲ちゃん。俺もまだ命は惜しいんだ」
「女の愛情表現って何であんなに痛いかね」
身震いしながらマサキが呟けば、甲児も思うところがあったようで、しみじみと口にしてみせる。
見た目のしとやかさとは裏腹に気が強いさやかは、リューネと張るぐらいに嫉妬深い。女だろうが男だろうが一線を越えた親しさを構築した相手ともなれば、途端に手厳しくなる女性陣。服で隠れた位置に引っ掻き傷が絶えない甲児の気苦労を知っているマサキとしては、彼の境遇に同情せずにいられなかった。
「ああいう愛情表現が許されるのは小学生までだろ」
「だよなあ。見ろよ、この腕の傷。最新作だぜ」
「うわ。痛そう……って、そういう話をしてたんだっけ?」
どうやら我に返ったようだ。不思議そうに顔を覗き込んでくるミオの言葉に、マサキもはたと我に返る。
「そうじゃねえんだよ……お前ら、俺のいない場所で誤解を招くような話を大声でするんじゃねえよ!」
「誤解っていうか、事実じゃないの?」頬に指を当てて宙を見上げながら、ミオ。
「これが誤解だって云うなら、お前の真実は何処だよって話だわな」手の甲に頬を乗せて頭を傾けながら、甲児。
どうあってもマサキとシュウの間に何かあることにしたいらしい。
馬鹿々々しい。マサキは交互に二人の顔を見遣った。揺るがない表情。結論ありきで議論を吹っかけてくる二人の相手をまともにしようものなら、痛い目を見るのが目に見えている。それでも、悲しいかな。マサキは声を荒らげた。
「真実なんざ目の前にしかねえだろ! お前らの目はお飾りか!」
「だってマサキ、いつもシュウとこれみよがしに二人で姿を消すじゃない」
「そうそう。で、追いかけるともう姿が見えなくてよ」
「そういう時に二人で何処にしけこんでるのかって話よね」
「お前らの目が飾りモンでしかねえことは良くわかった」
いっそ相手にしなければいいのだ。マサキの脳裏にいつかシュウに云われた言葉が蘇る。要は甲児もミオもマサキを揶揄うことで、コミュニケーションを取っているつもりなのだ。だから相手にしなければ、いずれ二人とも諦める――と。
だからといって、不名誉な噂を否定せずにいられるほどにマサキは神経が図太くは出来ていない。
そもそもマサキは腹芸が苦手なのだ。特に恋愛事ともなれば、その傾向が顕著になる。
このまま甲児とミオの二人組を放置しておいて、シュウとの関係を既成事実化されようものなら、仲間は元より、艦の乗組員たちにもどう扱われたものか。マサキが甲児とミオの思い込みを否定せざるを得ない立場に追い込まれているのは、その結果、腹芸が出来ない自分がどんな襤褸を出すかわかったものではないからだ。
――そんな恥ずかしいところ、見せられるかよ。
とどのつまり、マサキはシュウが好きなのだ。
隠れて秘密の話をするのに、これみよがしに連れ立って姿を消してみせてしまうぐらいに。
さて、どうするかね。どうかすると赤く染まりそうになる頬を懸命の思いで押さえながら、そして今日もまた。マサキは二人の餌食になるのを承知で、シュウとの恋愛関係に否定を重ねていった。
漢字で創作ったー
kyoへの今日の漢字テーマ【秘密[ひみつ]/①隠して人に知らせないこと。また、その事柄②人に知られないようにこっそりすること】