今年、初めての木枯らしの日に

 冷たい風が頬を刺す。
 温暖な気候が常のラングランにも四季はある。だからこそ、稀にはその季節に相応しい陽気になったりもしたものだ。夏は猛暑、冬は厳寒。春はさして変化の乏しい季節であったものの、秋には木枯らしが吹き荒ぶ。今日という日はどうやらそういう日であったようだ。冬を間近にした或る日。シュウの装いを見たマサキは、絶えず風が吹き付ける陽気に、寒くないのかと当然の感想を口にした。
「寒いですよ」
「どうせお前のことだ。研究か何かしてて、天気予報のチェックを忘れたんだろ」
 シュウは何かにかまけ出すと、日々の日課である筈のニュースチェックにさえ手を付けなくなる。今朝もそうだった。天気予報をチェックせず家を出たシュウは、思った以上に冷えた空気の感触に、どうせ外にいる間の大半はグランゾンの操縦席にいるのだからと、改めて厚手の衣装に着替えることもせずに。
「今日、一日のことですからね」
「いや、今日一日のことって云ったって、寒いもんは寒いだろ。ほら」
 自らがしているマフラーを外したマサキが腕を伸ばして、シュウの首にそのマフラーを巻き付けてくる。
 草原の只中でばったりと顔を合わせた。ついでだから直接顔を見て話をしたいと思ったシュウが、降りて話をしませんかとマサキに誘いかけてみたところ、思いがけず快諾を得た。今日の陽気ですべきことではなかった。シュウは巻き付けられたマフラーにそっと触れた。ざっくりとした編み目のマフラー。微かにマサキの匂いがしてくる。
 あー、寒い。首回りがすっきりとした彼は、そう云って、木枯らしに耐え切れない様子で、ジャケットの立てた襟の中に首を埋めた。
「私のことなど気にせずともいいものを」
「そういう訳に行くかよ……見ろよ。草原の色もすっかり変わっちまった」
 つい先日までは青々とした緑を湛えていた平原が、今では黄金色にその色を変えてしまっている。風に嬲られて波打つ黄金色の草原は、とはいえ、シュウにとっては瞬きをするのも惜しく感じるまでに美しいと感じられるものだ。
「私はこの方が好きですね。実りの秋とも云いますし」
 シュウは平原を見渡しているマサキの横顔を眺めた。
「俺は夏の平原の方が好きだ。生命力に溢れているだろ」
 言葉を吐き終えたマサキが口唇を結ぶ。少しずつ精悍さを増してゆく面差し。青年期に入ったマサキの顔からは、日毎に幼さが抜けつつあった。そう、それはまるで蛹が脱皮を迎えて蝶になるさまのように。そうですね。マサキの言葉にシュウは頷いた。いつか自分は彼に精神的な成熟度でも追い越される日が来るのだろう。そんなことを思いながら、静かに。上着の合わせ目を捲ったシュウはその内側へと、マサキの肩を抱き寄せながら入れてやる。
「あんま変わらねえだろ」
 屈託なく笑うマサキに、ないよりはマシでしょう――シュウもつられて笑みを零す。
 シュウにささやかな幸せを与えてくれるのは、いつだってこの年下の青年だ。首に巻き付いているマフラーの温もり。抱き寄せた身体の温もり。こうして彼の心にも等しい温もりを身近に感じられるなど、他のどこにこれ以上の幸せがあるというのだろう。
 シュウはマサキに出会って、知らなかった感情を知ったのだ。
 ――暖かで優しい感情を貴方が教えてくれた……
 その、名前を付けることの難しい感情に胸を満たされながら、シュウはマサキの他愛ない言葉の数々を耳に、木枯らし吹き荒ぶ金色の平原を見渡すのだ。今日のささやかな幸せを、心の隣に置いて。

こんなお話いかがですか
シュウマサのお話は「冷たい風が頬を刺す」で始まり「暖かで優しい感情を貴方が教えてくれた」で終わります。