休みの日に

 久しぶりの休日だった。ようやくの帰還。長くかかった任務から戻ったマサキは、朝も遅くまでベッドの中で惰眠を貪った後に、先ずは首尾の報告と情報局に向かった。
「ご無沙汰しております、マサキ様。東部での任務はいかがでしたでしょうか」
「それならもう聞いてるんじゃないのか? 万事丸く収まったって」
「お帰りなさいませ、マサキ様。ご帰還をお待ちしておりました」
「お前らが待ってるのは、俺じゃなくサイバスターの帰還なんじゃないか?」
 顔馴染みの情報局員たちと軽く挨拶を交わしながら執務室に入り、今やすっかり情報局を掌握しきっているセニアに報告を済ませる。ラングラン東部の民族紛争の調停といったナイーブな問題を、魔装機神の操者であるマサキが無血で解決したことにセニアは満足したようだ。暫くゆっくりするといいわ。彼女はそうマサキを労うと、次いで今日のスケジュールを尋ねて寄越した。
「今日はこれから何か用事でもあるの?」
「長く家を空けちまったしな。家の掃除や食料の買い出しを済ませないとな。今のままじゃ寝るのが精一杯だ……って、まさかお前、次の任務とか云ったりしねえよな。あれだけ根気の要る任務をやり遂げた後なんだし」
「ちゃんとゆっくりしなさいって云ったじゃないの。もし暇だったら書類の片付けを手伝って欲しかったのよ。でも流石に今日はね。あなたも忙しそうだし止めておくわ」
「俺を扱き使うことしか考えてねえな、お前は」
「頼りにしてると云って頂戴」
 その台詞に、雑用係としてな。そう答えたマサキは、長居は無用と執務室を後にした。
 身体が落ち着いた明日以降ならまだしも、今日ばかりは。マサキは無残な状態の自らの家を思い起こした。腐った食材が占める冷蔵庫。埃の積もった部屋に、黴が目立ち始めたバスルーム。布団は干して出て来たが、家の掃除はまだだった。
 ――兎に角今日中に掃除を済ませなければ……。
 その前に先ずは買い出しと情報局を出たマサキは王都の大通りに向かった。
「今日もいい天気ニャのね」
「やっぱりここが一番落ち着くんだニャ」
 今日のラングランも快晴だ。抜けるような青空の下、国家の繁栄を謳うように往来に人が溢れ出ている。その隙間を縫うようにして、店が軒を連ねる通りに入ったマサキは、足元にじゃれつく二匹の使い魔とともに食料の調達を済ませると、遅めの朝食を済ますべく、目に付いたレストランに足を踏み入れた。
「おや、マサキ」
 空いている席に着こうと歩を進めるマサキに通りすがりにかけられた声。聞き間違えようのない響きで耳に入り込んできたテノールボイスにマサキは足を止めて、声のしたテーブルを見下ろした。
 姿は違って見えど、声を聞けばそれとわかる。シュウ=シラカワ。大人しい書生といったいでたちでテーブルに着いている男は、どうやら魔法でなりを変えて城下に何某かの活動に励んでいるようだ。それに今更目くじらを立てるマサキではなかったものの、結果的に厄介事に巻き込まれることも多々ある以上、手放しで受け入れられる事態でもない。下手な変装だな。だからこそ嫌気を隠さずにマサキが云えば、その態度が可笑しく感じられたのだろう。シュウはクックと嗤うと、マサキに同席するよう勧めてきた。
「何で朝からてめえと顔を突き合わせて食事をしねえといけねえんだよ」
「東部の民族紛争をあなたがどう調停したのか、話を伺いたかったのですよ」
「情報局の情報管理能力には決定的な穴があるな」マサキは渋面を作った。
「昨日の今日でてめえに伝わってていい情報じゃねえ」
「他に情報を流すような真似はしていませんよ」
「当たり前だ」マサキは仕方なしにシュウの向かいに腰を下ろした。「そんなことをしやがってたら、てめえに新たな罪状を熨斗付けてくれてやる」
「情のこわい人だ」
 テーブルの上に広げていた書物を片付けてメニューを差し出してくるシュウに、何が知りたいんだよとメニューを受けとりながらマサキは尋ねた。既に巨大な情報網ネットワークを構築している男のことだ。当たり障りのない情報を求めているのではないだろう。
「背後関係を聞かせてはいただけませんか」
 案の定、クリティカルな機密を求めてくるシュウに、マサキは増々顔を渋らせた。
「お前、厚かましいにも限度があるだろ。ラングランの国防に関わる機密だぞ」
「魔装機神の操者であるあなたにとってこの程度の情報など、個人の裁量で捌けるものでしょう」
「なんつー自信だよ、お前。俺がお前を信用してるとでも思ってやがるのか」
 それに答えることなく微笑んでみせた男の涼し気な表情に、厄介事の予感を感じ取ったマサキは、まだ家の掃除も済ませてねえってのに――と、荒れた家に想いを馳せた。そして溜息をひとつ洩らすと、改めてシュウに向き直ってから、
「見返りはあるんだろうな?」
「勿論。手土産のひとつも用意せずに情報を求める程、私は愚かではありませんよ」
「なら、いい」
 マサキはシュウにメモを要求すると、そこに今回の任務で知り得た情報の断片を書き付けて行った。そして代わりに彼から得た情報を脳に刻み付ける。政治に明るくないマサキであっても重要度の知れる情報は、後程セニアの耳に入れる必要があるだろう。
「満足いただけましたか」
 いつからか当たり前のように行われるようになった情報交換。それが役に立たなかったことは一度もない。
「今回の休暇も長くはなさそうだ」
 まだ注文の済んでいないメニューを片手にマサキがそう呟けば、あなたにはそうした生き方が良く似合う。シュウは窓から差し込む蒼天の陽射しに目を細めながら、まるでそれがマサキの生き様であるかのように云ってみせた。

セルフワンドロワンライ
本日のお題は「休みの日の午前中は」です。