「本当にやるのかよ」
「家に忍び込むよりは良心的だと思いますが」
陽射しが和らぎを見せ始めた昼下がり。王都の大通りに面した喫茶店のオープンテラスに、ひとりの淑女が姿を現わした。
今からアフタヌーンティーを嗜むところであるらしい。連れとともに見晴らしのいい席に着いた彼女を、喫茶店向かいの建物の影から窺っていたマサキは、彼女が身に纏う悪趣味なまでに豪華絢爛な衣装に気分を害さずにいられなかった。
「どうせ目的のブツを奪うんだったら、どっちでも一緒な気がするけどな」
ふんだんにあしらわれた刺繍に、散りばめられた宝石。贅を尽くした感のある衣装は、どうやればここまで品を悪く出来たものかと思うまでにアンバランスだった。アコーディオン状に広がった立ち襟に裾の広がったスカート。ピエロが着ればそこそこ形になっただろうと思わせるドレスを威風堂々と着こなせるだけはある。淑女は真っ当な世界の人間ではなかった。
社交界で夜の蝶とも呼称されし彼女は、そこで得た情報をネタに、これまで数多の貴族たちを強請ってきたらしかった。彼女が身に纏っている高価な衣装は、そうした後ろ暗い活動で得られた資金が元になっているのだそうだ――とは、シュウの言葉であったが、その情報を抜きにしても、決して趣味のいい衣装には思えない。マサキは隣で人待ち顔でディリー紙を読み耽っているシュウを見上げた。
彼女の飯の種である情報の数々が書き込まれた手帳を、彼女は肌身離さず持ち歩いているようだ。女中として淑女の館に潜入したサフィーネによれば、寝る時には下着の下に挟み込むぐらいの警戒ぶりらしい。無理もない。手帳を失おうものならあっという間に破綻するだろう豪奢な生活を、恐喝者である彼女は送っている。
「女性の下着に手を入れるのは、私としては遠慮したいところですね。それと比べたらハンドバックを漁る方がまだ良心的でしょう」
件の淑女とシュウが関わることになってしまったのは、旧い知り合いが彼女に強請られることとなったからなのだそうだ。妻帯者である彼は、社交界では実に良くある話らしいが、そこに参加していたとある高名な家の夫人と一夜の過ちを犯してしまったのだとか。お互いの胸一つに収めた筈の過ちをどうやって淑女が嗅ぎつけたのかはわからない。ただ彼女は決定的な写真を手に彼を強請った。それも写真を返すことなく何度も。
その写真を極秘裏に処分して欲しい。というのがシュウの旧い知り合いの頼みだ。
自業自得である。
そうは思ったものの貸し借りの多い付き合い。いつぞやの借りを返せと迫られては断り切るのも難しい。かくてマサキはシュウとともに、数日に渡って淑女から手帳を取り上げる機会を窺っている。
「どっちにしても手帳を奪うことに違いはないだろうよ。どうせ法を犯すなら、確実性の高い方法を取った方がいいと思うけどな」
「その結果、あなたにまで捜査の手が及んでしまうのではね。そもそもサフィーネによれば、館にはそれらしい保管場所がなかったようなのですよ。金庫や隠し倉庫など、調べられるところは全て調べたようなのですが……と、なると手帳そのものに挟んである可能性が一番高いでしょう」
「ずさんな管理方法だな。それで紛失したら元も子もないだろ」
「あなたが想像しているような貧相な手帳ではありませんよ、マサキ。彼女が持っているのは、ちょっとした貴重品や書類なら仕舞えるぐらいに確りとした作りをしている手帳です」
「それをあのハンドバッグに仕舞い込んでるのか? そんな余裕があるようには思えないんだが」
マサキは淑女が膝の上に置いているハンドバッグを見た。決して収納力の高くない薄物のハンドバッグ。財布とハンカチを入れただけで充分に埋まりそうな大きさとあっては、そういった頑丈な手帳が入るような隙間があるようには思えない。
けれどもシュウに確たる自信があるようだ。マサキの指摘に、悠然と微笑んでみせると、
「何か誤解があるようですが、手帳のサイズ自体は普通ですよ。もしかしたら、何処かに秘密の隠し場所を持っている可能性も否定出来ませんが、寝る時も肌身離さずにいるぐらいです。手帳そのものに価値があるのは間違いないでしょう」
「まあ、いいけどよ――」そこでマサキは身構えた。
アフタヌーンティーを終えたようだ。連れとともに席を立った淑女に、緊張感が走る。
こうして彼女が外に出る機会を窺うこと三日。ようやく日中に家を出る機会に遭遇出来たマサキとしては、この機会を逃す訳にはいかなかった。それじゃ、行くぞ。シュウに声をかけてから、建物の影を出る。
マサキは店の前の通りがかる振りをした。そして、丁度店を出て来たばかりの淑女に、肩を思いきりぶつけた。
派手に腰から転んだ彼女の手からハンドバッグが落ちる。後はシュウが上手くやることだろう。マサキは金切り声を上げている淑女を無視して、喫茶店を背に四つ辻に向かった。その途中でさりげなく背後を振り返れば、淑女に歩み寄ったシュウが、彼女を助ける素振りをみせながらハンドバッグを拾い上げているのが目に入った――……。
※ ※ ※
後程、無事に手帳より写真を抜き取ったらしいシュウから報告を受けたマサキは、ついでと彼と食事をともにしてから王都を去ることにした。
城下町を抜け、街外れにサイバスターを呼び寄せる。待ちくたびれたのだろう。早速とばかりに首尾を尋ねてくる二匹の使い魔に、無事に目的を達せたらしいことを告げたマサキは操縦席に身を沈めた。
シュウに対する借りの清算としては良くあることとはいえ、畑違いな役割を押し付けられることも多い。ああいうのはこれきりにして欲しいんだがな。マサキはそう続けながら、サイバスターのコントロールを開始した。
きっとそう遠くない内に、シュウはマサキに貸しを押し付けてくることだろう。そしてまた奇妙な事態にマサキを巻き込んでくれるに違いない。それを少しばかり楽しみにしている自分を窘めるように言葉を吐いて、マサキはサイバスターを駆って一路帰路へと。抜けるような青空の下を往く。
60分で綴る物語
あなたは悪事に手を染めるシュウマサの物語を60分で書いてください。