記念日だから祝え、と、シュウに云われたマサキは、咄嗟には今日が何の日であるのか思い浮かばなかった。
誕生日だろうか。それとも、王宮を出た日だろうか。まさかマサキと出会った日でもあるまい。マサキはシュウが記念日に設定しそうなイベントを幾つか考えてみたものの、付き合いが長い割には生態が不明な男。どれもいまいちしっくりとこなかった。
「記念日って、何の」
「忘れてしまいまいましたか」
大仰に溜息を吐いてみせるシュウに、そうは云われても――とマサキは眉を顰めた。わざわざ危険を冒して城下にまで出て来た上に、人目に付く喫茶店にマサキを呼び出しているのだ。彼にとって相当に特別な日であるのは間違いない。
「普通だったら誕生日、だけどな」
「違いますね」
「まさか、俺と出会った日なんて云わないよな」
「それでしたら、もっと盛大に祝っていますよ」
どこまで本気で云っているのか不明な表情。いつもと変わりない笑みを口元に湛えている男は、ぞっとしない台詞をさらりと吐いてみせると、顔を顰めるしかなくなったマサキに構わず、テーブルに姿を現わしたウエイターから飲み物を受け取った。
「当てて欲しいものですが」
紅茶とオレンジジュース。今日は砂糖を入れたい気分であるらしい。早速とカップに砂糖を注ぎ始めたシュウに、さっぱり答えの見当が付かないマサキは宙を仰いだ。飲みたくて頼んだ筈のジュースを後回しにしたくなる謎。
――シュウはどういったイベントを記念日と称しているのだろう。
捻れた頭脳を持つ男だ。通り一遍のイベントを記念日と云っているのではないだろう。
しかし、それがどういった性質のものであるかと訊かれると返答に窮する。マサキは暫く考え続けた。自由を愛する男は、何にも束縛されることを嫌う。だとすれば、それはしがらみからの解放を意味していないか?
「もしかして、教団と決別した日か」
「違いますね」紅茶を口に運んだシュウが言葉を継ぐ。「あなたも関わっていることですよ、マサキ」
「俺が関わってるって?」
「ええ。とても深く……ね」
そういった物言いがマサキを疑心暗鬼に陥らせるのだとわかっているのだろうか。言外に含みを持たせたシュウの言葉に、嫌な予感しかしねえ。マサキは吐き捨てて、テーブルに肘を付いた。そうして肘を付いた手のひらに頬を預けながら、オレンジジュースの入ったグラスをストローで掻き混ぜた。
「あー、もう! 何の記念日だか知らねえが、盛大に祝ってやるから、答えを教えろ!」
考えても考えても浮かばぬ答えに、ついにマサキは癇癪を起こした。瞬間。シュウが眼差しをふっと緩めると、どこか遠くを眺めるような瞳をしてみせながら、
「あなたが私を殺した日ですよ」
懐かしいですね。そう続けて紅茶を啜るシュウに、彼の本心が読み取れないマサキは呆気に取られるがまま。ただただ口を開くしかなかった。