王都の城下町にある中央広場。水飛沫を上げる噴水に子どもたちが群がっている。
うららかな陽気では水の冷たさが気持ち良く感じられるのだろう。きゃあきゃあと声を上げながら噴水の下に溜まっている水を掬っている彼らを視界の端に、マサキは二匹の使い魔とともにベンチに腰掛けていた。
「遅いな」
「ついさっき行ったばかりニャのに、もう待ちくたびれたの?」
マサキの呟きに、膝で丸くなっていたクロが驚いた声を上げる。
つい先程、そこの四つ辻でリューネと出会したばかりだった。立ち話に興じること五分ほど。そうだ――と、何か思い付いた様子のリューネに中央広場で待っているように告げられたマサキは、立ったまままでいるのも何だと、このベンチに陣取ることにした。
それから十分ほど。一向に戻ってくる気配がないリューネに、気短なマサキの我慢は限界を迎えようとしていた。
「遅いだろ」
クロが駄目ならシロがいる。そう思ったマサキは隣で丸くなっているシロに同意を求めた。
「まだ十分しか経ってニャいんだニャ」
「ちょっと待ってろって云って、十分経てば充分だろ」
温かな陽射しが降り注ぐ中央広場は、やけに眠気を誘ってくる。もう待つのも限界だ。ふああ。と、盛大に欠伸をしたマサキは、腕を組んで目を閉じた。
「リューネが戻ってきたら起こせよ」
「寝るの? 無防備ニャのよ」
「おいらたちで守るのにも限度があるんだニャ」
栄えある王都には数多の民衆が集っている。その全てが実直に生きているとは限らない。街の端に貧民街を抱えているこの街には、貧しさ故に狼藉を働く者もそれなりに存在している。
スリに置き引き、当たり屋。変わったところでは美人局などというものもある。あの手この手で他人から金を引き出そうとする彼らは、失うものが少ないからだろう。矢鱈と肝が据わっていて、刑吏にさえも怯むことがない。それどころか彼らを挑発するように、目の前で犯行に挑んでさえみせる。
それはマサキとて例外ではなかった。風の魔装機神が操者である剣聖ランドール。彼らの中には、名高い英雄に度胸試しと敢えて挑む不届き者も多かった。
これまでにも幾度かトラブルを起こしている彼らを心配してのシロとクロの台詞に、「馬鹿にすんなよ」マサキは目を閉じたまま鼻を鳴らした。「俺を誰だと思ってるんだ」
眠っていても気配察知ぐらいは出来る。言葉にせず訴えたマサキに、シロとクロは呆れた様子だ。
「だったら後を任せるみたいニャ云い方をしニャきゃいいのに」
「マサキは我儘ニャんだニャ」
抗議の声を上げた二匹に、ちょっと黙ってろ。そう云ってマサキがいよいよ本格的に眠ろうとした矢先だった。
「我儘って云うより、傲慢じゃない?」
どうやら戻って来たようだ。頭上からリューネの声が降ってきたかと思うと、頬に何かが押し当てられる。ひんやりとした感触にマサキが目を開くと、陽射しを受けて髪を輝かせているリューネの姿が飛び込んできた。
その手に下がっている剣を模ったキーホルダー。どうやらそれをマサキの頬に当てたようだ。通りで冷たい筈だ。マサキは頬を撫でながら、そのキーホルダーの由来を尋ねた。
「何だ、それ」
「へへ。面白いでしょ。この間、ウエンディと買い物してた時に見付けたの。王都土産なんだって」
「それがか? ただの剣のキーホルダーに見えるんだが」
「伝説の戦士、ランドールが使っていた剣を模したキーホルダーらしいよ」
「そういうのは大抵、眉唾なんだよなあ」
マサキはリューネに手を差し出した。
彼女がマサキを待たせてまで買いに走ったキーホルダー。手のひらに置かれた剣は、ミニチュアでもわかるほど幅が広い。本当かねえ。マサキはしげしげとキーホルダーを眺めた。これを実サイズに換算したら、マサキが使用している剣の三倍の幅になることだろう。
「パワーファイターなんかね。これを実際に振り回すって、相当の身体能力だぞ」
「そりゃあ、伝説の戦士だしねえ」
「それもそうか」
マサキはジーンズのポケットからキーケースを取り出した。仰々しくキーケースを使ってはいるが、中のフックに下がっているのは自宅の鍵ぐらいだ。空いているフックに吊り下げておくことにしよう。そう思ってキーケースを開く。
瞬間、響き渡ると金属音。
何か落ちたよ。云いながらリューネが身を屈めて拾い上げたのは、古びたディスクシリンダー錠。どうやら、キーケースのポケットに仕舞い込んでいたのが落ちたようだ。
「ラングランじゃ見ない形の鍵だね。何の鍵?」
リューネから鍵を受け取ったマサキは、ああ――と、笑った。
「実家の鍵だよ。もうなくなっちまったけどな」
それは家がなくなってからもお守り代わりに持っていた鍵だった。捨て時がなくてさ。そう云って鍵をキーケースに仕舞い込んだマサキに、事情を察したのだろう。リューネはそっか。と微笑んで、それ以上何かを追求することもないままに。
「ねえ、クレープが美味しい店があるの。一緒に行こうよ、マサキ」
マサキがジーンズのポケットにキーケースを収めるのを待った彼女は、次の瞬間、溌溂とした声でそう誘いかけてきた。