向日葵のように鮮やかに

「今世紀最大の一大事だ」
 城下町の広場にて人待ち顔で立っているシュウの姿を見かけたマサキは、滅多なことではその目的を悟らせない彼が、時計を見ては周囲を窺っている様子でいるのを目の当たりにして、珍しいこともあるものだと感じ入らずにいられなかった。しかも、それだけでも驚くべき事態であるというのに、本人たるシュウに話を聞いてみれば、待ち合わせの相手は女性であるらしい。
 ――お前が? 女性と待ち合わせ?
 余計な口をきいているとはマサキ自身も思う。
 けれども、努めて女性に公平であろうとしている彼が、実は大いに女性という存在に思い含むところがあるらしいということについては、マサキに限らず魔装機の面々も気付いていることである。シュウ自身も隠す気はないようだ。いつかマサキがそれについて尋ねてみた折に、自身の感情と女性の人権の話は別である――などと語って聞かせてきたりもしたものだ。
 そんな自他ともに認める女嫌いであるところの彼が、どういった風の吹き回しか、女性と待ち合わせをするに至っている。しかもその相手は、あのシュウをして落ち着きを失わせる相手であるらしい。
 それでは余計な言葉も口を衝いて出ようというもの。シュウ自身も他人に意外性を感じさせる振る舞いをしている自覚はあるらしい。マサキの言葉に肩を竦めてみせると、決して女性との付き合いを拒否して生きてきた訳ではありませんからね。などと云い訳めいた言葉を口にしてみせた。
「そりゃ、まあそうだろうけどな。その割には随分と落ち着きがねえじゃねえか」
「過去に置いてきた思い出のひとつを懐かしむ程度には、私も年齢を重ねたということですよ」
「お前の例えはさっぱりわからねえ」
 何にせよ、驚天動地の出来事には違いない。これはこっそりと様子を窺うだけの価値はある。マサキは近場の木陰に身を潜めることに決めた。女嫌いが女と会う。その事実は、もしかすると万能な彼をして、ある種の弱点ウィークポイントになるやも知れない。その弱点とやらを拝んでやろうじゃねえか。そう決まれば行動だ。マサキはシュウと別れようとした。
 ところが、何を思ってか。シュウはマサキの登場を都合のいいことと捉えているようだ。丁度いい。と、口にすると、「どうせあなたのことだ。その辺りでどういった相手か確かめようと思っているのでしょう」と、マサキの考えを見透かしているかのような言葉を吐く。
「だったら同席しては如何です。どうせ直ぐに終わる用ですよ」
「いや、俺がいていい用じゃねえだろ」
「云ったでしょう。過去に置いてきた思い出のひとつだとね」
 そうして広場の入り口に目をやったシュウは、未だ姿を現さぬ待ち人に、けれども落胆する様子でもなく、婚約者候補だった女性ひとなのですよ。と、口にした。
「婚約者候補? 婚約者じゃなくて?」
「王弟の嫡子ともなれば、そう易々と結婚相手を決めていい訳でもありませんからね。選ばれた何人もの歳の近い少女たちと幼少期から付き合いを重ねて、その中からひとりを選ぶ……まあ、上流社会ではよくある話ですよ」
「その中のひとりだって?」
「そうですよ。その中のひとり、友人として非常に気の合う少女だった彼女が、ようやく結婚すると聞いたのですよ」
 友人ねえ。マサキもまた広場の入口へと目を遣った。
 何をして彼を決定的な女嫌いにさせたのか――マサキは知らなかったが、サフィーネやモニカを側に置いておける辺り、シュウの女嫌いは先天的なものではないのだろう。ならばその女性は、幼さ故に恋愛感情が絡み難かっただけで、シュウにとってはただの友人を超える可能性を持っていた存在だったのではないだろうか?
「だったら、尚更俺がいちゃいけねえだろ」
「構いませんよ。今の私の生活を語って貰うのに、あなたほどの適役もないでしょう」
 そして、ほら。と、広場の入り口に停まった馬車を指し示した。従者によって開かれたドアより、ゆっくりと降りてくる女性の艶やかなさまをマサキは一生忘れることはないだろう。
 大輪の向日葵が咲き零れたような鮮やかさがそこにある。
 本当に俺がいていいのかよ。徐々に近付いてくる人影に、マサキが改めて尋ねれば、勿論とシュウは頷いて、
「私は友人として彼女を祝いたいのですよ。そして自分の過去に区切りを付けたいのです」
「でもお前、彼女とは気が合ったんだろ。それをそんな簡単に」
「いずれにせよ、もう随分昔の話ですよ」
 そうとだけ呟いて。久しぶりですね。シュウは目の前に進み出てきた女性に、昔の面影を探しているような眼差しを向けた。

こんなお話いかがですか
シュウマサのお話は「今世紀最大の一大事だ」で始まり「もう随分昔の話だ」で終わります。