告白

 空気に溶けていきそうな声で彼の口唇が奏でた言葉に、マサキはたっぷり10秒ほど言葉を失ってから、改めて目の前で静かに微笑んでいる男の顔をまじまじと見詰めた。
 口元を緩ませてはいるものの、笑うことのない瞳。いつもと変わりない表情でマサキを眺めている男は、巫山戯ていると云えば巫山戯ているようにも映ったし、真面目なのだと思えば真面目であるようにも映った。
「冗談だよな」
「冗談で云える台詞でもありませんね」
 本心を覚らせない振る舞いが常な男は、人を煙に巻くような物言いが常だった。何かを語るのに自身の感情を織り込むことがない。まるで神の如く世界を見下ろしながら言葉を紡ぐ彼に、マサキは幾度騙され、また言い包められてきたか。
 だからこそ、マサキは否定されて尚、警戒心を緩められずにいた。
 そよぐ風が頬にかかる髪を払う。
 視界一面を草むらが覆う平原でばったりと顔を合わせた相手は、マサキにサイバスターから降りてくるように告げると、自身は一足先に愛機より降りてその足元で待ち構えていた。聞けば散歩に出ているのだという。
 そこから互いの近況といった他愛ない世間話に時間を費やすこと10分ほど。重大な用件があるからこそ自分と直接話をしたがっているのだと思っていたマサキは、相手――シュウの態度に肩透かしを食らった気分だった。
 ――なんだかんだで、てめえとは顔を合わせてるからかな。話すこともそんなにはねえな。
 ――確かに。前回、あなたと会ったのは、一週間前でしたっけ……。
 やがて訪れた沈黙。普段であれば、マサキの些細な言葉を拾ってでも会話を続けてくる男は、今日に限っては寡黙な様子だった。そろそろ去り時か。話題の尽きたマサキがサイバスターに戻ろうとした瞬間だった。平原を吹き抜ける風が、草木を嬲ってさあさあと音を立てた。

 ――あなたが好きですよ、マサキ。

 何の前触れもなく投げかけられた言葉に、マサキはやっぱり――と思いながらも、果たして自尊心プライドの高い彼が素直に自分に告白してきたものか。と、疑心暗鬼に陥らずにいられなかった。
 敵はおろか味方にさえも屈しない彼は、いついかなる時であろうとも絶対的強者である己を崩すことがなかった。徹底して負けを認めない男は、自らに屈辱を味合わせた相手にはその何倍もの屈辱を公の場で平然と与えてみせた。
 そう考えると、シュウ=シラカワという人間は、自ら告白するよりも、マサキにどうにかして告白させようと目論みそうな男である。
 故に、この告白には裏がある。そう考えたマサキは、相変わらず目の前で涼やかな笑みを浮かべているシュウに訊ねた。
「お前、何か悪い物でも食ったのか?」
「まさか。本気で云っているというのに」
「それじゃ、明日は世界が滅亡するとか――」
「私があなたに好意を伝えるのが、そんなにおかしいことですか」
「だって、お前。俺に対していつも嫌味や皮肉ばかりじゃねえか。それでそういきなり云われてもだな」
 そうなのだ。マサキは自分で云っておきながらはっとなった。
 他人に対しては寛容にも気遣いをみせることもある男は、マサキに対しては当然の如く当たりが強かった。マサキも大概口が達者な方だったが、そのマサキですら言葉に詰まるほどの嫌味に皮肉。もどかしさや苛立ちを隠そうともしない彼の態度に、マサキは幾度自尊心を傷付けられたことか。
 そうでありながらも、マサキは自身に対するシュウの好意を疑ってはいなかった。
 まるでマサキの行き先に先回りしているかのように姿を現わしてみせる男。今日だってそうだ。ラングラン州からかなり離れた北端の地で、どうしてこうも当たり前のように顔を合わせたものか。
 こうなると、最早、後を付けられているとしか思えない。
 若しくはサイバスターに発信機の類が付いているか……いずれにせよ、あまり楽しい想像にはならなさそうだ。マサキは背中に寒気を感じて身体を震わせた。常識外の行動を理屈で正当化してみせる男のことだ。実際にそれを行動に移していたとしても驚きには値しない。
 だのにシュウはそんなマサキに追い打ちをかけるように、しらと云ってのけるのだ。
「好きな子ほど虐めたくなるとは良く云ったものでしょう。あなたの拗ねた顔を見るのが私は好きなのですよ、マサキ」
「お前……やっぱ、熱でもあるんじゃねえか? おかしいとかそういう問題じゃないぞ。絶好調にも限度がある」
「少しはあるかも知れませんね。でもそれはあなたを目の前にしているからですよ、マサキ。恋の熱に浮かされているのですよ、私は」
 そこでふと思い付いたようにシュウが手を伸ばしてくる。彼に手首を掴まれたマサキは思いがけず感じることになった彼の熱に途惑った。お前、何を。次の瞬間、マサキの身体がシュウの腕に抱き締められる。

 ――好きですよ、マサキ。

 そこまでだった。
 マサキは布越しに伝わってくる彼の体温に眉を顰めた。少しどころではない。想像以上の熱を放っている身体にマサキが言葉をかけようとした刹那、シュウの腕からふっと力が抜けた。
「あ、おい。シュウ!」
 次いでぐらりと長躯が傾ぐ。マサキは崩れ落ちるその身体を両手を広げて抱き留めるのが精一杯だった――……。

※ ※ ※

 かくて高熱に侵された結果のシュウの暴走劇は終わりを告げたのだが、本人にとっては一生ものの失態だったようだ。マサキがその後何度かこの話を聞かせてみせるも、シュウは頑なにそれが実際に自分が取った行動だとは認めなかった。