その言葉の真実は、彼が死ぬその日にわかるのだ。
思いやりか、それともただの嘘か。それとも、それこそが彼の真実の望みであったのか――けれどもその時には、全てが手遅れでしかない。彼はその日に、マサキの記憶に鮮烈に残るそんな言葉を吐いた。
「心臓が欲しい? 俺の?」
云われた言葉の意味が良く飲み込めずにそう問い返したマサキに、シュウはいつも通りの表情で繰り返し言葉を吐いた。そう、あなたのね――と。
薄い、笑み。何を考えているのかわからない瞳が、その表情の中で、笑うことをせずにマサキを見詰めている。
「子供の頃に受けさせられたヴォルクルスとの契約の儀式の際に、心臓に微かな傷が付いてしまったようなのですよ。それで傷周りの細胞の成長が阻害されてしまったのでしょう。私は戦闘や運動に過大な負担を感じようになってしまった……長生きは出来ないと医者には云われていましたが、先日、発作を起こした際に医者にかかったところ、思った以上に深刻な状態だったようです。臓器提供者を募った方がいいと云われましてね」
深刻な内容を口にしている割には、それと感じさせないまでに穏やかな口ぶりで話を進めるシュウに、マサキは彼が置かれている状況が、口にしている以上に深刻なものであると受け止めざるを得なかった。
「それで――心臓が欲しいって?」
「そう。私としてはあなたの心臓がいい」
「でも心臓って云ったって、ひとつしかないだろ」
替えの効く臓器であるのなら、マサキとて臓器を提供するのも吝かではなかった。顔も知らぬ他人にまでその範囲を広げるつもりはなかったものの、見知った人間の苦境に際して、何もせずに手を拱いて右往左往するような愚か者ではないのだ。それで助かるのであれば、臓器のひとつやふたつくらい安い代償だ。
しかし、ひとつしかない臓器たる心臓が欲しいと云われてしまっては。
マサキは考え込んだ。たったひとつしかない臓器で、どうすれば自らの命と目の前の男の命を両立させることが出来るだろう。考えて、考えて、考えて、ふと地上にいた頃に読んだ漫画の一頁が、頭の中に思い浮かんだ。
「お前が嫌じゃないってなら、背中で繋がるか」
「背中で繋がる?」
鸚鵡返しに口にしたシュウは、マサキの答えが余程意外なものであったようだ。微かに瞠目している表情は、冷静であることが常である彼の動揺を、明瞭に伝えてくるものだった。
「必要な心臓はふたつ。けれども実際に使える心臓がひとつしかないってなら、そのひとつでどうにかするしかないだろ。ひとつの心臓を共有する為に、背中で繋がるんだよ。若しくは胸で、か。医者に訊いてみろよ。出来る筈だから」
「しかし、その生活をいつまでも続ける訳にも行かないでしょう。お互いが不自由を感じるのは目に見えている」
「だからって何もしなきゃお前は死ぬだけだろ」
「死にますね、確実に」
「だったら俺の心臓はお前にくれてやる。但し、俺は違う心臓で生きるぞ。まだやらなきゃいけないことがあるからな」
マサキは云って笑った。そして、それまでの辛抱だ。付け加えるように言葉を繋げると、そこでシュウはようやく納得したような表情を浮かべた。
時間稼ぎの為に、ひとつの心臓をふたりで使う。臓器提供者など、そう都合よく現れないことを知っているマサキは、だからこそそう答えを出した。
どちらか片方の命を犠牲にするより、ふたりで生きる。
マサキの導き出した答えをシュウはどう感じたのだろうか。あなたらしい――そう呟いた瞳がゆっくりと細まる。まるで眩い太陽を眺めるように。そのまま、シュウはその視界にその姿を収めるように確りと。真正面にマサキを見据えながら、こう言葉を吐いた。
――冗談ですよ、マサキ。
本当だろうか? 人の悪い面のあるシュウの、意地の悪い嘘。彼は時にこうして良くマサキを試すように嘘を吐いたものだ。そしてこうして全ての会話を無かったことにしてしまう。そんなシュウの発言に、それはきっと真実なのだろう。マサキはシュウの嘘を打ち明ける言葉を信用することとして、その胸を肘で小突いた。
「人を騙すのなら、もっと可愛げのある嘘を吐けよ」
ええ、と頷くシュウがそうっと、心臓を摩るように胸の上に手を置いた。もしかしたら彼は真の出来事を述べたのやも知れない。脳裏を一瞬掠めた考えにマサキは不安を感じたりもしたものだったけれども、シュウはそれ以上その話題を引っ張るつもりはないようで、次の瞬間には、会話の舵を別の方向へと切ってしまった。
140文字で書くお題ったー
貴方はシュウマサで『貴方の心臓が欲しい』をお題にして140文字SSを書いてください。