夏の始まり

 海に来ていた。
 今年こそはサーフィンを始めると意気揚々なマサキが、早速とボードを片手に海に飛び出してゆく。待て。と、それをヤンロンが追いかけてゆく。大した準備運動もせずに、マサキが海に入ろうとしているのが我慢ならなかったようだ。波打ち際でその捕獲に成功すると、耳を引っ張って連れ戻してくる。
「テュッティは? 準備運動しないの?」
 ミオは背後を振り返った。
 ビーチパラソルの中に引き籠っているテュッティが、額に浮かぶ汗をハンカチで拭っている。
「日焼けがねえ」
 澄んだ肌に白いビキニが良く似合っているだけに勿体ないと思うも、焼くと皮膚が赤剥けるのだそうだ。それじゃ仕方ないっか。ミオは渋々ヤンロンに倣って準備運動をしているマサキの隣に並んだ。いっちに、いっちに! ヤンロンの掛け声に合わせて声を上げながら手足を振る。
「お前の水着、相変わらずすげぇな……」
「なあに? ミオ様の可愛さにノックアウトされちゃった?」
「何でだよ! 鏡を見て来い!」
 ミオが身に付けている昭和レトロな水着はマサキの度肝を抜き続けているらしかった。オールインタイプと云えば聞こえがいいが、イマドキのボディラインにぴったりとフィットする水着とは異なるだぼついた作り。太い縞模様が如何にもザ・昭和な感じがして、ミオは気に入っている。
「可愛いじゃないのよぅ」
「俺にはお前のセンスだけは一生理解出来ねえ」
 などと会話をしながら準備運動を続けること五分ほど。ほら行け。ようやく満足がいったようだ。ヤンロンがマサキの身体を海に向けて押し出した。
「よっしゃあ! サーフィンだ!」
「てかマサキ、サーフィン知ってるの?」
 ボードを抱えて今度こそ、海に向かって一直線に駆け出したマサキの後を、浮き輪を片手に続く。
「本を読んだから出来るだろ」
 云うなりボードに腹ばいになって沖へと泳いでゆくマサキに、ミオは首を傾げた。
 こと運動が絡むこととなるとその才能を如何なく発揮するマサキは、教本を読んだだけでもひと通りの動きが普通レベルでこなせるようになってしまうようだ。だからだろう。サーフィンをやると決めた彼は、誰の教えも請わずに技術の習得に挑むつもりであるらしかった。
「勉強となると一文字も読めなくなるのにねー」
「あれは多分、言語が違う」
「同じよ。てかラ・ギアスの翻訳システム舐めてない? 難しいところなんて全部ひらがなに訳してくれるのよ。超☆便利。あたしアレでザムジードのメンテナンスに必要な知識全部揃えたわ」
「言い換える。世界が違う」
「あー、はいはい。わかりました。行ってらっしゃい」
 ミオはマサキが乗っているボードを押した。おう! と威勢のいい声が返ってくる。
 ミオも自らの身体能力には自信がある方だが、マサキほどではない。本を読めばあっという間に出来てしまうマサキに対して、映像にせよ、実技にせよ、取り敢えずは動いているところを見ないことにはイメージが掴めないミオ。
 流石は十六体の正魔装機の牽引役を務めるだけはある――ぐんぐんと沖へと進んでゆくマサキの姿を見送ったミオは浮き輪に身体を通した。あー、気持ちいい。波に揺られながら海に身体を浮かべると、青く輝く空が目に飛び込んでくる。
 絶好の海日和。
 ゆったりと過ぎてゆく時間が心地良い。ミオは浮き輪の中、ぷかぷかと身体を浮かべ続けた。そして考えた。今年の夏は皆とどう過ごそう。
 まだまだ夏は始まったばかりだ。
 海ひとつで済ませるなど勿体ない。そう、ミオは欲張りなのだ。山だって湖だって避暑地だって行きたい。その思い出こそがミオの戦う理由になる。幾つかのバカンスの候補地を思い浮かべながら、波間にぷかぷかとミオは漂い続けた。