夏盛り

 うだるような熱波に、あちぃ。と、わかっていてもマサキは口せずにいられなかった。瞬間、レジャーシートの上に転がっていた水着姿のミオが逆上せきった表情で顔を上げる。
 夏を迎えたばかりのラングランは過去最高を記録する猛暑に見舞われていた。それならば水遊びだと、魔装機操者を率いて訪れた海。その期待を裏切る温さに早々に泳ぐのを諦めたマサキは、ビーチパラソルの下、快活にもビーチバレーに興じている魔装機操者の面々を眺めていた。
「何なんだ、この暑さは。汗が止まらねえ。暑いを通り越してクソ暑いじゃねえか」
「日本の夏もびっくりよね。皆良く身体を動かそうなんて思えるなあ」
「イカれてやがるだろ。倒れても知らねえぞ」
 海の水が温ければ、空気も温い。汗を掻いた肌に風を送ろうとマサキが胸元を手で扇げば、むっとした空気が迫ってくる。止めた。マサキは諦めて、首にかけたタオルで額から滴り落ちる汗を拭った。
「ふたりとも凄い汗じゃない。水分を取ったらどう?」
 日焼けをしたくないらしい。ビーチパラソルの下から一歩も動くことのないテュッティが、見兼ねた様子で水を勧めてくる。
 マサキは彼女が手にしているペットボトルを受け取った。これもまた温い。クーラーボックスも役立たずになるほどの熱波にマサキは舌打ちしながらも、このままでは干上がると中身を一気に飲み干す。
 どろりと喉を通ってゆく水の感触が例えようもなく不快だ。何をしても逃れられない陽気に、マサキは盛大に愚痴を吐いた。
「どういうことなんだよ。クーラーボックスに入れてあってこれって」
「ドライアイスもあっという間に溶けちゃったし」
 汗だくの自分とミオ。対して、どういった自然摂理が作用したものか。汗ひとつ掻くことのないテュッティが、つばの広い帽子の下で苦笑も露わにマサキたちを交互に見遣ってくる。
「それだけの暑さということなのでしょうね。何でも十年に一度の熱波到来だとか」
「十年に一度もあるんじゃねえよ。こんな陽気」
「溶けるわ……あたし、もう溶ける」
 我慢が限界を超えたようだ。レジャーシートの上に完全に伸びてしまったミオの隣で、こちらも限界だとマサキはごろりと仰向けに寝転んだ。
 起きているだけでも体力が消耗されてゆくような暑さ。全身から噴き出た汗が肌を垂れ、レジャーシートへと滴ってゆく。
「おかしいだろ……何なんだ。この暑さ……」
 白い雲がゆっくりと流れてゆく青空に、白い波頭を従えた青い海。ロケーションだけなら流石の行楽地であるのに、胸の上を吹き抜けてゆく温い風が全てを台無しにする。
 あちぃ。マサキは再び口にした。
 その瞬間だった。
「これはこれは、珍しい所で顔を合わせますね。あなた方もバカンスですか」
 頭上から降ってきた声に、けれども起き上がる気力も湧かず。つとマサキが視線だけ動かして窺えば、この猛暑の中でも袖の長い衣を脱ぐ気はないらしい。白いローブ姿のシュウが、いつでも彼から離れることのない仲間たちを背後に従えて立っていた。
「何なんだよ、てめぇは。いい御身分にも限度があるだろ」
 圧倒的に面積が少ない水着姿。自慢のボディを堂々と晒しているサフィーネが恭しく掲げた日傘。その下に涼し気な表情で立っているシュウに、マサキはこれだからお坊ちゃんは――と、嫌味を吐かずにいられなかった。
「私は結構だと云ったのですがね」
 自身が恵まれた環境で育ったことに自覚はあるらしい。シュウが苦々しいといった調子で言葉を吐く。とはいえ、それをそのまま聞き逃せる女狐ではない。彼女はシュウに懸想する女性であると同時に、彼の忠実な下僕でもあるのだ。
「何を仰いますか、シュウ様。このような強い陽射しの下を、シュウ様にそのまま歩かせるなど言語道断ですわ。そのお美しい肌にダメージがあっては、わたくしは誰に何を詫びたものか」
 潤みがちな瞳でシュウを見上げて切々と訴えるサフィーネに、「――と、いう訳でして」手に余るといった様子で、シュウが溜息を洩らす。本当に、苦労してんな。つられて溜息を吐いたマサキは、身体を起こすとサフィーネに向き直った。
「お前、自分の美容よりシュウの美容かよ。大した忠誠心なのは結構だが、海に何しに来た」
「泳ぎに来たに決まってるじゃないの」
 あっけらかんと云ってのけたサフィーネが、背後で大量の荷物を抱えているテリウスにビーチパラソルの準備をするように命じた。恐らくは彼女らにいいように扱き使われているのだろう。気の乗らない返事をしながらも準備を始めたテリウスに、冗談じゃねえ。マサキは顔を盛大に顰めた。
「この陽気で泳ぐつもりかよ。男漁りでもしてろよ。その方がよっぽど実りがあるだろうよ」
「な、何て下品な……」
 サフィーネの隣に立つモニカが面食らった様子で言葉を発するも、それを意に介する様子もなく。「冗談は顔だけにしておきなさいよ」と、艶美に微笑んだサフィーネが、準備の出来たビーチパラソルの下へとシュウを案内してゆく。
「意味がわからねえ」マサキは頭を掻いた。「海にあの格好で来て、パラソルの下から一歩も動かないのがバカンスだと? どうせモニカ、お前も泳ぐ気はないんだろ。肌の色が訴えていやがる」
「こういうものは雰囲気を愉しむものなのですわ」
 水着に着替えてはいるものの、パーカーに帽子、更には日傘と日焼け対策を入念に施しているモニカがそう答えたかと思うと、いそいそとサフィーネとシュウの後を追ってパラソルの中に入る。
 マサキは横目で隣のパラソルを見遣った。シュウにサフィーネ、モニカにテリウス。この猛暑の中、どうして彼らと雁首揃えて海を眺めなければならないのか。理不尽な展開により暑さが増した気分になる。
「最悪の陽気に、最悪の組み合わせ。何しにここまで来たのかわかりゃしねえ」
 ぼそりとマサキは呟いた。それもまた夏の思い出でしょう。耳聡くその言葉を聞き付けたテュッティが、たおやかな笑みを浮かべながら答えてきた。

60分で綴る物語
あなたは日傘を差すシュウマサの物語を60分で書いてください。