夜のない世界に住んでいると、恋しくなる空の色がある。
地上世界の人間関係には未練のなかったマサキではあったが、稀に地上に出た際に目にする星が瞬く深い藍色の空や、紫色に薄れてゆく夕暮れ時の空には、懐かしさと寂しさが入り混じった郷愁めいた想いを抱かずにいられなかった。
「こう暑いと夕涼みしたくならない?」
ラングランの夏。強い陽射しが降り注ぐゼオルートの館の庭でマサキが珍しくも水撒きに精を出していると、自主的なトレーニングの帰りであるらしい。ザムジードを駆って館を訪れたミオが、マサキの傍らにちょこんと座り込んで云った。
「夕涼みねえ。縁側で蚊取り線香でも焚いて、スイカでも食えってか」
「そうそう。そんな感じ。庭先から空を仰ぎながら、暑さの和らいだ風を感じるのよ」
「お前が時々口にする希望ってThe・昭和って感じだよな」
「いいじゃないのよ、The・昭和。スイカを食べ終えたらロボットアニメを見るのよ。こう、チャンネルを回して……」
「ホントに幾つなんだよ、お前」
「あたしおじいちゃんおばあちゃん子だからねえ。こういう話は山程知ってるのよ。むしろスマホで動画サイトとかって方が何の話? って、感じ」
そう云って、懐かしそうな眼差しで庭に咲き誇る花々を眺めるミオに、夕涼みねえ。マサキはもう一度彼女が口にした言葉を繰り返した。
沈むことのない太陽。闇に包まれることのないラングランにも朝昼晩の区別はある。夕涼みにしてもやってやれないことはなかったが、いかんせん青空の下で――と、なると雰囲気に欠ける。涼むのだとしたら、夕暮れ時の空の下。夕餉の匂いを嗅ぎながら、ゆったりと温度の下がった風に身を任せたい。
「地上に行く機会があればなあ」
「なあに、マサキ。里心でも付いた?」
「まさか」マサキはホースの水を止めた。
撒きに撒いた水のお陰で過ごし易くなった庭に、マサキがミオを伴って館に戻れば、リビングでプレシアが良く冷えたアイスティーとフルーツを小さく切り分けたデザートを用意して待っている。まあ、これはこれでいいもんだけどな。マサキは自分の席に着き、早速とばかりに冷えたアイスティーを喉に流し込んだ。
「あー、生き返った」
窓から流れ込んでくる風が涼やかなものに変わる。それが自分の撒いた水のお陰だと知っているマサキは、無邪気に喜ぶプレシアを横目に、ふと心の片隅を過ぎって行った懐かしさを塗り替えるように、今の自分を支えている大切な世界へと目を向けた。