夜にまぎれて

 胸を掻き毟るようにして喘いでいた。
 心地の良くない声で目覚めたシュウが、そのまま隣に眠るマサキの様子を窺っていると、程なくしてその身体が大人しくなった。けれども苦しみが消えたのではないようだ。直後、うっすらとその眦から一筋の涙が零れ落ちる。
「父さん……母さん……」
 嗚呼、彼は繰り返したくない時の流れの中に居るのだ。そう悟ったシュウは、幼くして両親を喪ったマサキの境遇に、同情の念を禁じ得なかった。
 ふたりでこうして時に寝屋をともにするようになってから知ったマサキの孤独。地上世界で生きていた折から、彼はこうしてひっそりと癒えぬ悲しみに夢をも支配されて来たのだろう。抗えない運命に肉親を奪われる。その理不尽さをシュウは別の意味で知っていたけれども、だからといってマサキの気持ちを理解してやれるほど、当時のシュウはマサキに近しい境遇にあった訳でもない。立場ばかりは恵まれていたシュウと、そうした立場を持たなかったマサキ。シュウにしてやれるのは、苦しみを繰り返すマサキの身体に寄り添ってやることだけだ。
 やがて、なんで……と、その口元から言葉が零れ落ちる。自らを襲った運命の理由を尋ねるマサキの空虚さが増す寝顔の何と物寂しいことか。心に湧き立つ感情を抑えきれなくなったシュウは、咄嗟にマサキの身体を抱き締めていた。「大丈夫ですよ、マサキ」こうしてマサキが過去にうなされる度にかけてきた言葉を今また囁きかけながら、シュウもまた自らの過去へと思いを及ばせていた。
 ――私たちは、取り戻せない過去を癒えない傷として生きている。
 熱し易いマサキに、冷静さを欠かないシュウ。戦士の気が強いマサキに、文士の気が強いシュウ。一見して共通点が感じられないシュウとマサキには、けれども確かにふたりにしか通じ合わない何かが存在していた。噛み合う会話にしてもそう。噛み合う意思にしてもそう。それは恐らく、互いに負ってしまった傷が育んだものでものであっただろう。
 シュウはより一層、強くマサキの身体を抱き締めた。
 意識が醒めたのだろうか。それともまだ悪夢の最中にいるのだろうか。シュウの胸に顔を埋めて声もなく咽び泣いているマサキは、まるで寄る辺を持たない子供のようだ。そう、マサキはそうした苦難の時代を経て、この地底世界ラ・ギアスへと召喚されたのだ。
 それから今に至るまで、マサキは表面上は快活に日々を過ごしてみせている。それは数多の戦禍を潜り抜けても変わらなかった。激情家であるマサキは容易く涙を流してみせたものだったけれども、自らの過去の傷に触れられてしまった時だけは別であるようだ。影に隠れるように密やかに。それはシュウからも逃れるようにして、マサキは誰にもその涙を見せぬように独りで泣いた。
 それがマサキの矜持なのかはわからない。けれども、その現実は酷くシュウの胸を疼かせた――……。
 ――悪い。俺、また……
 ひとしきり泣いたマサキは、どうやら明瞭りと目を覚ましたようだ。何度目の醜態に詫びる言葉を吐き、もう大丈夫だからとシュウの腕から逃れようとする。シュウはそのマサキの身体をベッドに組み伏せた。困惑する表情がシュウに向けられる。けれどもシュウは自らの無体を慎もうとは思えぬまま、マサキの口唇に自らの口唇を重ねていった。
 過去へと心が降り戻される夜。思い出したくない過去に思いを馳せてしまったシュウは、マサキの傷を目の当たりにすることで、自らの心を慰めてしまっている自分に気付いていながらも、その悪癖を正そうとは思えずに。ほら、マサキ。愛おしさよりも征服欲が勝る相手と深く繋がるべく、その身体を開かせていった。