嫌なことは数えても減らないものだ。
夢から覚めたシュウはベッドの中で暫くまんじりとしない時間を過ごしていたが、ややあって、のそりと身体を起こした。
余計なことをしでかしかねない女たちが、いつ寝室に入り込んでこないとも限らない……自身の寝起きの姿を他人に見られるのが嫌いで堪らないシュウに、それと知りながら無遠慮に迫ってくる彼女らは、何故にそこまで自分自身に自信が持てるのか疑問を持たずにいられないまでに、シュウとの距離の取り方において厚顔不遜だった。
とかく傍若無人に振舞う。
好きだの嫌いだの、愛だの恋だの、或いはそうした他人の恋模様といったくだらない話題に、一日中花を咲かせることが出来てしまう彼女らは、何某かの指示を与えて作業に従事させておかなければ、延々と自分に構い倒すような無為な日々を過ごしてしまいかねない。だからこその忌避。そこにただ在るだけのことであれば許せるものが、自分という人間を中心とした人間関係の構築となると許せなくなったものだ。シュウは深く溜息を吐きながら身支度を整え終え、ベッドの脇に置いてある布張りの椅子に腰を掛けた。
嫌な思い出ばかりを夢に視る。
それはかつて邪神教団に心を支配されていたシュウが犯した罪の数々だった。教団に命じられるがまま、或いは自身の計画に従うがまま、シュウはどれだけの人間の人生を歪ませ、どれだけの人間の命を奪ってきたか……誇り高く死ねた者は一握り。稀には何が起こったのかわからぬままに命を終えた者もいたが、大半の人間は苦悶の表情を浮かべて絶命していった。
魂が不変に存在するラ・ギアス世界では、亡霊の存在も珍しくはない。シュウが視る夢の数々は、そういった存在が見せるまやかしであるのやも知れない。そうである以上、それらを逐一思い返してしまった所で、終わりのない悪夢が続くばかり。ならば、私は彼らの魂の浄化の為にも、この世に理想郷を創り上げてみせよう――自らの能力に過大な自信を有しているシュウは今日もそう誓って、悪夢の数々を振り切った。
数を数えた所で減らない過去の罪の数々。それは自らの通って来た道を否定する行為に他ならない。生きると云うことは罪の積み重ねでもある。だからこそ、かつての自分の人生が実りであったか、それとも足枷でしかなかったかを判断するのは、未来に生きる自分自身であるのだ。
シュウは椅子から身体を起こした。寝室の扉の向こうに広がっている世界。姦しくシュウの人生を彩る彼女らの存在は、シュウが新たに得た絆である。自ら側にいることを許した彼女らを、自らの感情の振れ具合に任せて放逐するほど、シュウは最早幼くなくなった。
――さあ、今日の一歩を踏み出そう。
寝室の扉の前に立ち、ドアノブに手を掛ける。シュウにはわかっているのだ。自分自身が身に纏ってしまっている鎧の正体が。それを取り去ってくれる存在を待ち続けてしまっていることも……。
けれどもその解消に拘泥している暇はない。
シュウには為さなければならないことが山積みだ。未来の自分に後悔を残さない為にも、今日出来ることは今日中に済ませておかなければ。
わかっていても後ろ髪を引く悔恨の数々。
馬鹿々々しい。
だからこそシュウは愚かだと一笑に付しながらも、一向に動く気配を見せない足を動かす為にそれを振り絞るのだ。それは、時に自らの心の傷に思考を支配される男が、誰よりも強く、そして誰よりも勇ましく、世界に立ち向かう為に必要なもの。誰しもが必要とし、けれども誰しもが必要な時に得られるとは限らないもの。
自らを小心者と嘲るシュウに、だからこそそれは必要なのものであった。
足を踏み出す勇気。
そうしてシュウは扉の向こうの温かい世界へと足を踏み出してゆく。今日という終わりの始まりの日を、悔いなく生きる為に。
あなたに書いて欲しい物語
@kyoさんには「嫌なことは数えても減らない」で始まり、「必要なのは勇気でした」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字程度)でお願いします。