目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。
昨夜、遅くまで前祝だと仲間に飲まされた酒がまだ残っている。それだのに、こんなに早い時間に目が覚めてしまうなんて。二日酔いで痛む頭を押さえながら、マサキはのそりとベッドから身体を起こした。
歓びと、寂しさと。胸に小さく空いた穴を埋めるように飲み続けた酒。料理も水も摂らずに飲み続けた後とあっては喉も渇く。とにかく水が飲みたい。マサキはそのままの格好でキッチンへと向かった。トントントンと響いてくる包丁の音。今日の主役となる予定の義妹はもう起きているらしかった。
「何してるんだ、お前」
「何って? 朝ごはんの用意だよ。まさかお兄ちゃん、何も食べないつもり?」
マサキの言葉にキッチンに向かっていた小柄な身体が振り返る。
背の丈は父親には似なかったようだ。頭一個と半分はある身長差。マサキはプレシアの頭越しにキッチンを覗き込んだ。どうやら彼女は朝からしっかりとした食事をマサキに摂らせるつもりらしい。山と用意されている食材に、流石に今日は胃に入る気がしねえ――マサキは眉を顰めた。
「まだ早いぞ。もうちょっとゆっくりしてればいいだろ。お前、今日は一生で一番忙しい日になるかもしれないってのに」
冷蔵庫を開けて水差しを取り出す。一気にコップ一杯の水を飲み干したマサキは、ついでと鎮痛剤を求めて戸棚を開いた。二日酔いで自分の役目を果たせないなどとなっては、笑い話にもならない。
今日のマサキには大事な役目があるのだ。プレシアを新郎の許へと送り届ける役目が。
「たくさん料理を作っておかないと、お兄ちゃん、冷蔵庫の中の食材全部ダメにしちゃうもん」
「おい、待てよ。お前まさか冷蔵庫の中身、全部使うつもりなのか」
「そのくらいしか、もう出来ることもないし……」
そこで止んだ包丁の音に、マサキは薬を探す手を止めた。振り返れば今日が一番幸せな日である筈のプレシアの表情が曇っている。
この一ヶ月、マサキは義妹の求めに応じて色んな街を巡ってきた。ふたりきりでの買い物、旅行。遊園地にも行ったし、ちょっといい店でディナーを楽しんだりもした。新しい生活で着る新しい服を買ってやったりもしたし、ラングランの雄大な自然が創り出す不思議な景色を眺めに行きもした。
この家を出てゆく彼女が思い残すことがないようにと、マサキは精一杯努力したつもりだ。
だのにこの表情。今更、嫁に行くことに不安を感じている訳でもあるまい。この日を指折り数えて待ち望んでいた義妹が用意したマンスリーカレンダー。そこに付けられた印の数以上に、マサキはプレシアから惚気を聞かされていたのだから。
「あの、お兄ちゃん。今まで、本当に……」
マサキはその言葉に首を振った。云わなくていい。そう言葉を続ける。
「俺は当たり前のことをしただけだ」
何もかもを忘れて兄妹として過ごした一ヶ月。プレシアは何処に行くにもサイバスターに乗りたがった。そうしてマサキの膝の上に乗っては、無邪気にはしゃいでみせた。
マサキにはそんなプレシアの態度が不思議だった。自身の手足となるパートナーを有しているのに何故だろう。黙って済ませるのはマサキの性分ではない。マサキはプレシアにその理由を尋ねた。
――お兄ちゃんの妹でいたいから。
ずうっと、そうずうっと、プレシアは魔装機操者という立場に縛られていた。マサキにとってプレシアが仲間のひとりでもあるように、彼女にとってマサキは正魔装機を束ねるリーダーでもある。しっかり者の義妹は、だからこそマサキとの距離感を見誤るような真似はしなかった。
けれども彼女はその関係に、いつしか寂しさを感じるようにもなっていたのだ。
――あたしはディアブロの操者であるより先に、お兄ちゃんの妹だから。
プレシアの答えを聞いた瞬間、マサキは彼女と兄妹になってから初めて、彼女の人生の半分しか彼女とともにいられなかった自分に口惜しさを感じた。
生まれたばかりのプレシア。
歩き始めたばかりのプレシア。
言葉を発するようになったばかりのプレシア。
その全てをマサキは写真でしか知らなかった。マサキの知らない時代の話を懐かし気に話すプレシアに、幾度マサキはどう反応すべきか悩んだことだろう。それを自分が知ってさえいれば、もっと気の利いたことを云ってやれたのに。
勿論、マサキにはそれ以外のプレシアとの思い出が数えきれないほどある。
けれどもその半分は魔装機絡みだ。戦場で肩を並べている記憶だって少なくない。普通の兄妹では有り得ない記憶の数々。もしかしなくとも、平穏な家族としての時間をプレシアとゆっくり過ごしたのは、この一ヶ月が初めてではなかっただろうか? マサキは涙を堪えているプレシアを目の前に、これまでの自分の不義理をただ恥じた。
「お兄ちゃん……本、当に……今日まで、有難う、ございました……」
ゆっくりと頭を下げたプレシアに、マサキは胸に溢れる思いを伝えなければと思った。これまでもふたりが兄妹であったように、これからもその絆が変わることはないのだと。けれども、言葉が上手く出てこない。マサキにはその想いを伝える術はなかった。
あなたに書いて欲しい物語
kyoさんには「目覚まし時計がなる前に目が覚めた」で始まり、「想いを伝える術はなかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字)以上でお願いします。