子どもじみた男

 王都で用事を済ませ、サイバスターともどもゼオルートの館に帰宅したマサキは、玄関に出迎えに出てきたプレシアの表情を見て首を傾げた。
 苦虫を噛み潰したような顔。仄かに途惑いの色も見て取れる。
 果たして何が彼女を不穏当にしているのだろう? マサキは自らの記憶から心当たりを浚った。今朝、プレシアが大量に揚げていた夕食用のエビフライ。近所の老夫婦が娘夫婦から大量の海老を貰ったのだそうだ。夫婦ふたりでは消費し切れない量に、お兄ちゃんと食べな――と、分けてくれたらしい。
 それを三尾ほど、プレシアの目を盗んでこっそりつまみ食いした。しっかり者で目聡い義妹のことだ。マサキが家を出た後でエビフライの数を確認するぐらいはしただろう。だからマサキは、海老か。と、目の前で変わらずに顔を歪めているプレシアに尋ねた。
「巫山戯ないで」
「じゃあ、何だよ。その顔付きは……」
「お兄ちゃんに来客。お兄ちゃんの部屋に入れろって。ちゃんと通したからね」
「はあ?」
 くるりと背中を向けたプレシアがダイニングへと姿を消す。ドスドスドスッ! 酷く立腹しているようで、激しく床を踏み鳴らす音がする。
「どういうことだよ……」
 ただの来客であっていい荒れ方ではない。もしや――マサキは急ぎ二階へと上がった。プレシアがあれだけ態度を荒らげる相手など、この世にひとりしかいないではないか!
「おい、シュウ」
 声を掛けながら扉を開けば、案の定。窓辺にすらりと伸びた長躯が立っている。おかえりなさい、マサキ。開いた窓の外に顔を向けて吹き込む風を受けていた彼が、振り返ってマサキを出迎える言葉を吐く。
「来るな、とは云わねえがな」マサキはシュウの隣に立った。「せめてリビングで待てよ。あと、プレシアに心の準備をさせろ。すげえ顔してたぞ」
「見たいものがあったものですから」
「見たいもの?」
 けれどもそれが何であるかを容易く明かすつもりはないらしい。微笑みながら頬に手を掛けてきたシュウに、マサキは顔を背けた。
 嫌なの? 耳に低く囁き掛けてくる言葉に頷く。
 それでも諦めるつもりはないようだ。マサキの顔を自分の方へと向けさせてくるシュウに、「ここじゃ、やらねえって云っただろ」マサキはシュウの身体を押し退けた。
 外であればまだしも、プレシアとひとつ屋根の下。彼女の目が届かぬ場所であるとはいえ、大切な思い出の詰まった館でもある。汚れのない思い出を欲で汚すような真似はしたくない。
 折に触れ、そう口にしてきたからか。残念――と、云う割には、全く惜しげもなくシュウの身体が離れる。
「で、何が見たかったって? 別に大したもんはねえぞ、この部屋――」
 そこでマサキははたと気付いた。ベッド脇にあるサイドチェストの一番上の引き出しに仕舞ってある大事な贈り物。明日に迫った彼の誕生日の為に購入しておいたコートチェーンを、もしや彼は見てしまったのではないだろうか。
 慌ててベッドを乗り越えて、サイドチェストの中を確認する。一応体裁は保っているものの、開封した跡が残るプレゼントの包みに、お前……と、マサキはシュウを振り返った。これ以上となく満足気な彼の表情が全てを物語っている。
「何で待てねえんだよ、お前」
「どうしても中身が知りたかったのですよ」
「だからって開けるか、普通。ちゃんと包装してもらったっていうのに……」
「私は明日が増々楽しみになりましたけれども」
 日頃、世の中を上から見下ろすように生きている彼は、時々、まるで悪戯好きな天使が地上に降りてきたかのように、酷く子どもじみた振る舞いをしてみせる。
 はあ。マサキは盛大な溜息を吐いた。そして、いつの間にか傍に立ち、悪びれた様子もなく自分を抱き締めてくるシュウに、「ここまで、だからな」釘を刺しながら身体を預けていった。