密やかなる野望

 行動不能となったサイバスターから緊急脱出用ポットで放り出されたマサキは、そこから這い出すと無残な姿を晒しているサイバスターを見上げた。
 開いた頭部と胸部のパーツ。肩パーツは一部が砕けてしまっていたし、背面の放熱板に至っては何枚も折れてしまっていた。この破損具合の修復は、自己修復能力サバイバビリティでは追い付けそうにない。それもこれも不条理さに磨きがかかったあの機体の所為だ。マサキは小さく舌を鳴らした。
「……責任、取れよな」
 青き重騎士より野に降り立ち、自身の許へと歩んでくる男にマサキは云った。
 勿論、と云って微笑むシュウの満足気な表情が例えようもなく癪に障るも、手合いとわかっていながら意地を張って戦い続けてしまった自分にも責任がある。それならいい。マサキは膝や腰に付いた土を払って立ち上がった。

※ ※ ※

 右の脚部パーツを砕かれたのがきっかけだった。
 顔を合わせれば肩慣らしと一戦交えるのが当たり前となっていたシュウと、いつも通りに手合わせと勝負を始めたその日。放たれた砲撃を交わすべく宙を舞ったその瞬間に、それを追い越すスピードでシュウがグランゾンを突っ込ませてきた。
 構えられた剣がサイバスターの胴体部を標的としていたのは間違いなかった。当たったら確実にサイバスターは体勢を崩して落下する。即座にそう判断したマサキは、当然ながらサイバスターを凶刃より回避させるべきコントロールを試みた。
 動力部の出力を最大に上げ、更に宙へとサイバスターを上昇させる。けれども逃げ切ることは出来なかった。サイバスターの脚にグランゾンが振り下ろした剣が当たったのだ。
 凄まじい衝撃がコントロールルームにまで襲いかかってくる中、目まぐるしく景色を変えるモニターを眺めている余裕などマサキにはなかった。墜落を防ぐのが精一杯。膝から大地に滑り込んだサイバスターの右脚部パーツは、まるでクレーターのように窪みを描いて砕けていた。
「手加減ってもんを知りやがれ」
「あなたは戦争で加減をしながら戦うつもりなのですか」
「ただ一手合わせた程度でなっていい破損状況じゃねえんだよ。何だ、お前。鬱憤でも溜まってるのか」
「まさか。あなたでもあるまいし」
 サイバスターを牽引するグランゾンに乗せてもらうこと一時間ほど。シュウが自機を休ませるのに使っている拠点のひとつに辿り着いたマサキは、いつの間に作成したのか。サイバスターの新品パーツをクレーンから降ろしてきたシュウに目を剥いた。
 科学文明時代の遺跡は、彼が大幅に手を入れたことで、格納庫としての機能だけでなく、補修や改修を行えるだけの設備も整ってしまっていた。ここを使って新たな機能をグランゾンに付与しているのですよ――とは、シュウの言葉ではあったが、とはいえ、何故ここにサイバスターのパーツが揃っているのか。驚いたマサキが尋ねてみれば、「作ったのですよ」と、至極あっさりと当然の答えが返ってきた。
「いや、そりゃ、作らなきゃねえだろ。百万分に一ぐらいの確率で、ウエンディが用意してくれたって線もなきにしも非ずだろうが、お前の性格からしてやるからには自分でってなるだろうしな」
「幾ら私でも彼女を怒らせるような真似はしませんよ。サイバスターを趣味・・で壊したと知れたら、どういった扱いを受けたものか」
「趣味って云うんじゃねえよ! 人の大事な相棒を何だと思ってるんだ!」
「しかし実際、サイバスター以外にグランゾンとまともに戦える魔装機はないですからね」
「お前のその底なしの自信は何処から生まれてくるんだ……」
 右の脚部の次は左の脚部、その次はスカート、そして肩と翼。残っているのは胸部と腕部と頭部ぐらいか。
 マサキはシュウとグランゾンによって壊された自身の愛機のパーツの数に頭を抱えた。それもこれもサイバスターの右脚部のパーツを、シュウが綺麗に再現してしまったのが原因だ。あれで味を占めてしまったに違いない。当たり前のように出てきたパーツは、こうなることをシュウ自身が予測していた証拠でもある。
「ちゃんと正しく直して差し上げているでしょう、マサキ」
「直せばいいってもんでもないだろ! 継ぎ接ぎの魔装機神とか笑えねえんだよ!」
 確かにシュウは一流の科学者でそして一流の技術者でもあったが、果たしてここまでパーツを交換したサイバスターは、マサキの知っているサイバスターであると云えるのだろうか。
「不具合は出ていないのですから、問題はないでしょう? むしろ剛性を上げて差し上げているのですけれども」
 途方に暮れるマサキに向かってそう云ったシュウが、悪辣にも限度がある笑顔を浮かべてみせる。全く反省している気配がない。はあ。マサキは盛大に溜息を洩らすしか出来なかった。

※ ※ ※

「もう二度とてめえとは戦わねえからな!」
 前回同様の台詞を吐いてサイバスターとともに去っていったマサキを見送ったシュウは、補修作業の後片付けをするべく格納庫へと向かった。
 シュウの手で能力を磨き上げられた青銅の騎士は、油断している・・・・・・マサキとサイバスターぐらいであれば、希少鉱物レアメタルに練金学でコーティングを施した装甲をも砕けるようになってしまっていた。
 目的の為とはいえ、とんだ副産物だ。シュウはつい口元から洩れ出る嗤い声を抑えきれそうになかった。
「ホント、ご主人様って捻くれてますよねえ」
 それまで大人しく潜んでいたチカが、シュウの上着のポケットから顔を覗かせて、いひひひひ。と、下卑た笑い声を上げる。
「幾らウエンディさんが造った魔装機神にマサキさんが乗ってるのが気に入らないからって、パーツぶっ壊して自分が作ったパーツを乗せ換えるなんて、普通は考え付きませんて! いやー、いや。これも愛情ってヤツですかね。あたくしには一生わかりかねますけど!」
 そう――シュウは、サイバスターとマサキに欲があった。自身の力で作り上げたかった最高の芸術品、そして、自身が手に入れたくてどうしようもない最愛の人。その欲をどうすれば満たせるのか。シュウなりに考えた結果が、サイバスターを自身の手で組み直すこと。
「愛情に決まっているでしょう、チカ。それ以外で、どうしてこうまでも残酷な方法に手を出せたものか」
 後は胸部と腕部と頭部を残すのみ。そうすれば少なくともサイバスターの外装は、シュウが丹精込めて作り上げたパーツで彩られたことになる。
 ああは口で云っても、負けたままで勝負を終わらせられない男だ。きっと次回もマサキはシュウに立ち向かってくることだろう。次回のマサキとの対決に思いを巡らせたシュウは、クックと声を上げて嗤った。