言葉が見つからなかった。
これまで当然のものとして受け入れていた筈の事実を、何故今更に自分は認め難く感じているのか。思いがけず感じてしまったいたたまれなさに、次の瞬間。マサキは咄嗟に建物の影へと身を潜ませてしまっていた。
自分は何をしているのだろう。自らの行動に疑問を感じながらも、足を止めて、暫く。マサキは身動きもままならない緊張感に晒されながら、彼らが目の前を通り過ぎ去るのを待っていた。
鼓動はまるで銅鑼のようだ。胸を乱暴に叩いては、ただ立っているだけのことさえ難く感じさせる……顔を合わせるのが嫌なら、このままこの場を立ち去ればいいだけのこと。そう思いもしたものの、だのに鉛のように重い足は、マサキが場所を変えることを許してはくれないのだ。
王都から少し離れた郊外の街。気分転換を求めて足を運んだマサキは、何を目的にするでもなくそぞろ歩いていた大通りで、人いきれの中に見知った顔を認めた。遠目にしても目に入る長躯は、人混みの中にあっても頭一つは抜け出ていた。その表情は長く伸びた前髪に隠れて見えなかったものの、きっと彼のこと。今日も今日とて、鼻持ちならない取り澄ました表情をしているに違いない。
またかよ――。繰り返される偶然の邂逅に、マサキ自身も思うところはあったものの、きっと行動範囲が被ってしまっているだけなのだ。そう思い直して、さてどうするか。このまま真っ直ぐに進めば、そう時間が経たない内に、彼とまともに顔を合わせることになる。かつてのような蟠りはなかったものの、挨拶だけで済むほどの間柄でもない。だからといって、共通の話題がある訳でもないのだから、マサキがそれ以上前に進むべきか悩んでしまったのも無理なきこと。
かといって、ここで踵を返すのも癪に障った。結局、前に足を進めるしかないのだと、マサキは諦めにも似た境地で、一歩、二歩。なるべく彼の顔を視界に収めないようにと、店先に視線を向けつつ歩もうとして、それでも無視しきれない何かに突き動かされるように顔を戻したその瞬間に。
目に飛び込んできた彼の表情に、言葉を失った。
穏やかな笑みだった。彼はその顔立ちもあってか、日頃の表情には険があるように感じられるものが多かったものだが、それを一切感じさせないどころか、別人かと見紛うまでに柔らかい。そんな表情も出来るのだと、初めて目にした彼の表情にマサキの胸は騒ぎ立った。決して短くはない付き合いでありながら、自分には知らない彼の表情がある。その現実は、マサキを衝動的に行動させるのに、充分に効果を発揮した。
どうやら目の前の何かを見守っているらしい。彼の温かな眼差しの先にあるものを見たいと思ってしまったマサキは、僅かに身体を置く位置をずらして、人波の奥へと視線を通した。
そして、それを見た。
寄れば騒ぎ立てるだけだと思っていた二人組。サフィーネとモニカ。決して仲良くとは行きそうにない二人は、こちらもマサキが初めて目にするかのような気安い表情で、恐らくは女同士のこと。そうした共通の話題に花を咲かせながら、店先の商品を覗いて見て回っているようだ。
そう、だからこそマサキは、その瞬間に言葉を失い、冷静さを欠いた行動に出てしまったのだ。
当たり前だ。
彼らが行動を共にするようになってから、どれだけの年月が過ぎただろう。そう自分に云い聞かせてみても、失われた落ち着きは取り戻せそうにない。マサキは建物の影に身を潜めたまま、何故自分がこんなに苦しいのか、その理由に思い至れずに。尤もらしい言葉が浮かんでこない自分の感情にもどかしさを感じながらも、それでもその場に留まり続けるしかない。
やがて、数メートル先の大通りを通り過ぎてゆく三人を横目に大きく息を吐いたマサキは、それでも動かない自らの足に――、ただ、途方に暮れるしかなかった。
あなたに書いて欲しい物語
@kyoさんには「言葉が見つからなかった」で始まり、「僕は途方に暮れるしかなかった」で終わる物語を書いて欲しいです。